高水三山を行く。地下足袋で。 〜 2011年05月

東京都青梅市にある高水三山(高水山・岩茸石山・惣岳山)を、なぜだか地下足袋を履いて巡ってきた。

木

今回は珍しく現地まで車。いつもは現地まで自転車で2時間以上かけ、山は徒歩で登る。自転車だと「庭」って感じだけど、車で行くと「精神的に遠い場所」へ来た気がするは気のせいか。


晴天。新緑が気持ちいい。さぁ、登るぞ〜!




地下足袋の旅

地下足袋、装着

地下足袋、装着!

きれいなお姉さんにドン引きされて、益々ご縁がなくなりそうな企画で登ってきます(笑) (いや、でもね、変なもの好きな女子もたくさんいるっちゃいるよね)


フカフカな落ち葉や土の感触

地下足袋は底が薄いので、大地の感触がよく伝わってくるのだ。フカフカな落ち葉や土の上を歩くととっても気持ちがいいんだよ。

その代わり、尖った石を踏んだら痛い!! 当たり前だって?!…その当たり前なことに、頭じゃなくて身を以て気がつくのだ!


青竹踏みのような丸太の階段

丸太の階段などは、一歩一歩が青竹踏みだ。「効く〜!」って感じで気持ちがいい(笑)

普段使っていない感覚を呼び覚ます!
森を裸足で歩くワークショップをしてるとこもあったよね。

そう、僕もワークショップだ! わーいわーい! 独りワークショップだぁ!! ・・・。

さて、早く登ろ。



高水山

運動不足のせいか、山道に入ってから非常にしんどかった。今日は車なのに、自転車で来たときの方が楽だったんじゃないかと(汗)…そんな道中は省略。

常福院山門

常福院というお寺の山門をくぐる。


常福院

でかい剣を象ったものが飾られている。謎だ。お参りして、少し登れば頂上。


高水山の山頂より

高水山たかみずさん頂上。標高759m。
木に囲まれているので、見晴らしはあまりよくない。


さて、一度下ってとなりの峠に向かう。道中は略。




岩茸石山

岩茸石山の山頂

岩茸石山いわたけいしやまについた。標高793m。
ここは展望が良い!!(展望が良いということは、わざわざ木が伐採してあるということも忘れないでおきたい)


岩茸石山の山頂より展望(1)

右に見えるのが、先程登った高水山。
晴れてたけど、水蒸気が多いのか霞んでいて残念。


岩茸石山の山頂より展望(2)

先程とだいたい反対方向。
画面右が棒ノ折山の方角っぽいが、調べないとわからず。


今日は良い景色を眺めることが出来た。感謝感謝!


チャパティとバナナ

ランチタイム。
チャパティとバナナ。(おやつは300円まで!バナナはおやつ!)
このパンの原型みたいなチャパティは小麦全粒粉をねって中華鍋に貼っつけて焼いた。あまり味はしないけど、薄く焼くより少し厚めの方が旨い。(作り方は調べてね)

地下足袋履いて山でチャパティ食ってる人ってどうなん?(汗)




惣岳山へ

登ってきた山々

一度下りへ。時々木々の隙間から、登ってきた山々が見える。


木々と山道

一昨年やはり地下足袋で巡ったこのコースでは、今までの人生最大級で価値観を根底から覆す、感覚による“気づき”があった。


ちょっとした岩場

惣岳山の山頂直前はちょっとだけ岩登り気分。


惣岳山の山頂

惣岳山そうがくさんの山頂。
展望も全くなく、金網に囲まれた神社。頂上だと思うと、少し拍子抜けするかも。


落書き?

その後「フクシマ」と書いている木がたくさん。意味あるのかな?落書き? 今回震災ネタはないはずだったが、どうしてもそうなるってことか?


その後、無事に下山して帰ったとさ。


再び地下足袋

岩の上にて

地下足袋は鳶職用の底が薄いものを使った。わりと滑りにくいと思うが、固いものに躓くと超痛いし、油断は禁物。怪我には要注意だ。林業用の底が厚いものはあえて使っていない。

登山靴って、怪我を防ぐためだと思うけど、底が分厚くて足首も固められている。でも自然じゃないんだよね。感覚がない分、単なる物質を動かしているみたいで、身体から出てくる発想が乏しい。

ちなみに僕は必ず地下足袋で山登りしている訳ではない。やはり僕のヤワな足裏では負担も大きい。でも面白いから気まぐれで使ってみるんだ。




最後に…

今日のコース

今日のコースは、写真の黄色で塗ってあるところ。ちょっとしたハイキングコースといったところか。(地図は下が北)
このコースの資料「一般社団法人青梅市観光協会|高水三山ハイキングコースを歩く



今回の記事は、誰かがどこかで影響を受けるかもしれないと思って、地下足袋を押してみた。運動といえば、スポーツはルールだらけ。シューズとかウェアーとかそんなものに縛られなくても、人間は動ける。生きることは動いていること。ルールやお約束や注意書き(概念)からくる身体動作は各個人にはどこか無理がある。その瞬間瞬間の感覚への適応力の連続。それが生きた動作となって、人間の、自分の、身体能力が洗練され育っていくのではないかと感じる。
まぁ僕は大したことやってないけど(笑)

最後まで読んでくれてありがとう!


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