トップ > 生活 > 2003.4.5. 反戦デモに参加(3)
World Peace Now 4.5

戦争が始まり2週間が経過した。
米軍が苦戦しているような報道もあり、長期化する可能性も懸念されている。


2003年4月5日
東京の代々木公園で開催された反戦デモへ行った。

反戦デモに参加(3)
※読んでいない方は 反戦デモに参加(1)からどうぞ。



久々に雨の降る寒い日。反戦デモの会場へと向かう。
この雨の中、参加する人はいるのだろうか。そんなことを考えていた。



何度も言うが、私は、アメリカが強引に戦争を進めたことや、それを日本政府が支持したことに同意できない。




会場へ着くと多くの人が集まっていた。
この悪天候にもかかわらず、反戦を訴える人たちが集まっていることに少しホッとした。



しかし、さすがに今までよりは人は少なそうだ。ご老人と小さな子供連れが減ったように思われたが、傘で見通しが悪く何とも言い難い。




会場の代々木公園。雨でも参加者はいるものだ。


毎度のことだが、すでに列が出来ていた。行進も始まっていた。今日は寒い日だ。


列の前後をうろついたが、今日はステージは無いみたいだ。列だけが続いている。


初めて主催者からプラカードをもらった。ちょっと嬉しかったりするのは貧乏根性?帰属願望?(笑)
代わりにささやかな募金をしておいた。これ厚紙だけど大丈夫かなぁ。すでに雨で濡れてる。


私も並ぶ。傘で前後が見えない。




少し周囲を見たが、他には何も無いようだ。
並ぶことにする。



所々列の脇で自由参加のスピーチをしている。



かなり寒い。並んでいるうちに手がかじかんでくる。
しかし一切の雨具を持たず、プラカードを上げ続ける人までいる。…強者だ。



1時間ぐらい並んだだろうか。そろそろ出発だ。




列の長さを撮ろうとして、腕を上げて撮ってます。う〜ん、わかりにくい…。




ピースウォークが始まった。
私のいる付近は個人参加が多いのか、シュプレヒコールもマイペースに始まった。



今日は傘で状況が見えにくい。
プラカードは少ないが、代わりに傘に文字を入れている人をたくさん見た。上手い方法だ。



最初は前後のかけ声が混ざったりと、やりにくい場所だった。周りもおとなしい。傘で音が遮られるのか。




前がよく見えない。声は聞こえてくる。

<シュプレヒコールの行われ方>

団体では、スピーカーでコールの音頭がとられ、周りがそれに続く形が多い。またスピーカーで延々と喋っていたり、コールと組み合わせたりしているようだ。

個人の集団では、積極的な人やスタッフが声を揚げ、いつの間にかそれに周りが続く感じだ。積極的な人がいないと黙々と歩くことになる。1人でも1分間声を揚げれば、周りも賛同してくるだろう。でなければ、多少前後移動すると、声を揚げている人、揚げてくる人はいるはずだ。

コールの言葉は短い方がよいと思う。団体で多いのだが、ややこしいと聞き取りづらく、周りの声が揚がりにくい。参加者が聞きづらいのに、外へ伝わるだろうか?
また声を揚げるときは、ある程度近所と言葉を合わせた方が良いと思う。周りの人が言葉に迷って止まっただろうことが何度かあった。

(自分の経験した範囲内で述べています。方法論ではありません。効果的な方法でご自由に)

前の傘は全てデモの参加者なんですが、この写真じゃわかりにくいですね…。


なんとか状況をわかっていただけるでしょうか?



悪天候のせいか地味に進行していると感じる。
今日は、踊って囃し立てる団体ぐらいでないと、外部へ訴える感じがしないかもしれない。




中盤から最後まで、近くのカップルと、私(独り…)で、交互に「戦争反対!」の声をキャッチボールした。お疲れさまでした。そして、ありがとう。





ピースウォークの終了。
今回はかなり寒く、ずぶ濡れになって大変なデモだった。




今回の参加者は主催者発表で1万8千人とのことだ(警察発表は不明)。さすがにこの雨で参加者は減ったはずだ。しかし、あの雨の中で見た参加者の列を、私は忘れずに心に残しておこうと思う。


高橋逸人


代々木公園近くへ戻ってきた。デモを終えて帰る人達とすれ違う。所々に立ち止まって見守る人がいる。


<私の誤算。…雨、寒い!悲劇?!喜劇?!>

 会場に着いて、レインコートを着ようとしたら小さすぎて途中までしか着られず。諦めたら、今度は後ろ手で脱げなくなり大暴れ。会場でもがいていたのは私です(笑)。
 4月だというのに異様に寒かった。吐く息が白く、並んでいる時点で指がかじかんで動かなくなった。デジカメをポケットから出すのも困難で撮りたくても手が拒絶。冷える手をポケットに入れたいが、傘とプラカードは手放せない。濡れた厚紙のプラカードは油断すると風でグニャグニャ動きまわる。終わる頃には全身びしょ濡れ。もう大変だった!!
 帰りは寒いのにコートを脱いで電車へ。さすがにあんなに濡れてたら密接度高い都会の電車はマズイ。その後、ずっと寒気がしてた…。幸い、熱い風呂で解凍して布団かぶりまくりで寝て風邪は防げた。でも風邪をひいた人は続出だったと思う。雨への備えは必要です。傘もささずに頑張ってた人は大丈夫だったのかなぁ。
行進終了。濡れてるレンズを拭く余裕なし。画像ボケてる。1時間半程歩いたらしいが、寒くてもう何だかわからない。頭ボケてる。


しばらく経ったゴール地点。警官も大変だよね。


戦争に
反対します



恒例の自分なりのまとめ。


<私の見解>

 まず、あの雨の中を参加した方々に、同じ基本精神(反戦)を持つ者としてエールを贈りたい。私は、大雨でも参加したぞという変な正義感より、少しでも人類の平和に繋がる動きが欲しい。しかし現実に起きていることは違う。そんな無力感も感じている。果たして、あの雨の中を歩いた人達はそれぞれどんなことを感じていたのだろう。

 アメリカがイラクで戦争を始めてから2週間が経つ。戦争情報は錯綜している。情報戦が行われていると頻りにいわれている。アメリカ軍が苦戦しているともいわれだし、戦争の長期化も懸念され始めた。とにかく一刻でも早く終わることを望んでいる。

 しかしながら正直にいうと、私はアメリカが素直に勝利して欲しくないという複雑な気持ちも抱えている。
 何故なら、アメリカの進めた先制攻撃の政策が、非常に危険なものだと考えるからだ。それを許す風潮は生まれて欲しくない。
 アメリカが、アメリカのいう意味での成功を収めるなら、必ずや世論でも正当化する動きが出てくるだろう。そして反戦派は自信を失うだろう。

 9.11のテロ後、アメリカはアフガニスタンで戦争を始めた。「テロには妥協しない」という正義が大きくとりあげられた。その後すぐ、同じ言葉を引用し、執ようにパレスチナへ侵攻したイスラエルという国があった。関係のない人々を報復の見せしめとして、その正義が殺していったのだ。

 アメリカはイラクに大量破壊兵器があるとして攻め込んだ。しかし未だそれは見つかっていない。その後、アメリカの戦争への名目はコロコロと変わった。イラクのテロとの関係も証明されていない。最後には「民主主義というアメリカの正義がイラクの独裁を倒さなければならない」という風に変わっていった。正義という言葉さえあれば、中身は適当で良い。そんなあやふやな正義で、戦争を始められたらたまったもんじゃない。

 未来、あの先制攻撃の理論も、誰か違う権力者に引用され実行されるのだろうか。また中身の違った正義を引き連れながら…。私はそんな歴史を望まない。

 イラクの独裁にも多くの問題があるが、アメリカの先制攻撃にも問題がある。アメリカ(政策)の批判をすれば「イラク(フセイン)の見方なのか」と言うのも止めて欲しい(与党政治家によるヤジでも聞いた)。まるで第二次大戦中に自由な言論を封じ込めた「非国民」の構図と同じではないか。だが実際に、アメリカでは「愛国心」の言葉の下にそれが行われつつある。
 私たちは、戦争の20世紀から何を学び、多大な犠牲者の死から何を学んできたのだろう。

 戦争は早く終決して欲しい。そして、アメリカは政策を転換して欲しい。でも今の流れはそうではない。

高橋逸人



この戦争は本当に必要だったのだろうか?

戦争は、始まるきっかけを作ってしまうと、自分の意志とは関係なく、強制的に巻き込まれます。

考えなくていいの?

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