このお話は、私の友達の堅山さん(仮名)に起こった実話である。
ある日、竪山さんは自宅のベランダを修理していた。ベランダの板がはがれてきている。
トン!トン!トン!トン!
トンカチで軽やかに釘を打ちつける。知らないうちにベランダも大分傷んでいたのだ。
「いつもありがとう。ベランダ君…」
程よい労働が身体に心地よさを運んでくる。爽やかな風が花の匂いを運び、暖かな日差しが彼を包み込む。家族のために働く彼の姿は美しかった。
「働くってすばらしい!」
こうして竪山さんは仕事に没頭していった。
さて、どのくらい時間が経ったであろうか。しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。真剣にベランダを直している堅山さんはもちろん気づかない。
「は〜い」
部屋でくつろいでいた堅山さんの母が、軽快な足取りで玄関へと向かった。何か良いことがあったのだろう。今日の彼女は特にご機嫌だ。玄関の戸を開けるとき、彼女は爽やかな笑顔であった。
爽やかな笑顔は終了した。
目の前に恐そうな警官が立っている。警官の厳しい視線につられて、彼女の眉毛はつり上がった。しかし口はまだ笑っている。彼女は無言のうちに確信した。近所で恐ろしい事件があったに違いない!
警官は、彼女の不自然な表情から事態の深刻さを読みとり、とっさに言ったのだ。
「大丈夫ですか!?竪山さんの家のお子さんが、トンカチを持って暴れていると言う通報が入ったのです!」
「…はぁ?」
彼女は目と眉毛が点になっていた。
ち、違うんだよ、みんな!!これだけは私から言っておこう。
堅山さんはあんなに一生懸命ベランダを直していたのだよ!!彼は決してそのとき暴れてなどいなかったのだ!!誤解しちゃいけない!
通報されたことを知った後なのだ。彼が本当に大暴れしていたのは!!
話はここで終わるはずだった…。
そしてあれから数年後…。
ある日、竪山さんは自分の部屋でのんびりと過ごしていた。久しぶりに雪が降っている。雪が音を吸収するのだろう。静けさが耳に痛い。たまに聞こえるのはストーブが暖まって軋む音くらいだ。竪山さんはあまりの静けさにウトウトと夢見心地だった。平和な夢が彼の心を癒しつつある、そんな時のことだった。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ…!!」と、もの凄い轟音が鳴り響いた!
「な、な、なんだ?!」竪山さんは飛び跳ね起きた。
と、同時に隣の部屋へ走り出した。夢から現実へと、かつて無いスピードで起こされた彼は、どうにも走らずにはいられなかったのだ。…轟音は隣の部屋から聞こえたのだ。
だがしかし、隣の部屋に別段異常はない。
「近くで雷でも落ちたのか?!」
堅山さんは外を確認するため、その部屋のベランダへと走った。素早くガラス戸を開けベランダに片足を踏み出した瞬間のことだ。彼はそのときやっと、あってはならないことに気づいた。いや、なくてはならないものに気づいたのだ。
「ベ、ベランダねぇ〜よ…」
ベランダは足元から遙かなる下界のお庭に、何事も無かったかのようにではなく佇んでいた。
「さようならベランダ。そしてありがとう…」
竪山さんはベランダに黙とうを捧げている。いや、単に唖然として動きが止まっているだけだ。窓(元ガラス戸)から出ている片足は微動だにしない。だが隣の家からの声が、堅山さんのスイッチを入れた。
「ベランダ落ちたってよ〜」
…怠そうに言うなって!
しかし早めにトンカチでベランダを直しておけば良かったね、竪山さん…。
その後すぐ堅山さんは、この事態の重大さを伝えるべく、近所の祖父宅へ出かけている母に電話をかけたのだ。ちょっと興奮気味に堅山さんは語った。
「かあさん、ベランダが落っこっちゃったよ」
すると竪山さんの母は、もの凄く驚きながら声を震わせて言った。
「え〜っ?!そんなことでわざわざ電話しないで!」
…そ、そんなことだったのか、かあさん!?
さて現在、竪山さん宅には新しく立派なベランダが設置されている。しかし、きっとまた何かが起ると考えて(期待して)いる、彼の親友は少なく無いはずだ。
そう、彼はまた何かやってくれるに違いない!!きっと今度は彼の近所の某家のように、台風で屋根が飛んで丸ごと電線にひっかかっていたなんてことをやってくれるのだろう!!
おしまい(続く?)
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