そのゆめうり屋が、いつから この町に来
るようになったのか、だれも気がつきません
でした。
ピンクと青の水玉もようにぬられた移動販
売車が、スーパーマーケットのうらの空地に、
とまっていました。
チロリロリン
チロリロリン
オルゴールの音楽をしずかに流している車
には、とくに商品らしいものを つんでいる
ようすはなく、人かげもありませんでした。
ただ レースのカーテンをかけた窓に『ゆ
めうり屋』という 小さな看板がかかってい
るだけでした。
「あれっ、ちょっと見て、なにこれ?」
「『ゆめうり屋』だって」
「へんなの」
スーパーマーケットから出てきた 女の子
が三人、移動販売車のほうへ 近よってきま
した。
車の中から テープに吹きこんだ 女の人
の声が 流れてきます。しずかな、ささやく
ような声で くりかえし くりかえし きこ
えてきます。
『さあ さあ いらっしゃい。ゆめは いか
がですか? たのしいゆめ、かわいいゆめ、
ゆかいなゆめ、いろいろありますよ。このゆ
めぶくろを、ねる前に まくらの下に 入れ
ておくのです。そうすれば あなたは かな
らず 自分のみたいゆめを みられますよ。
さあ さあ みんなで すてきなゆめを み
ましょう。おねだんは たったの 百円です』
車のうしろにまわってみると、自動販売機
が、外からつかえるように つんであります。
「ねえ、みて みて、これ おもしろそう」
「なに なに えーと、
『あなたは歌手になる』
『あなたはテレビタレントになる』
『あなたはお金持ちになる』………
ふーん、たくさん あるねえ、これって
ほんとかなあ」
「こっちのほうは 男の子むきみたいよ。
『きみは野球の選手だ』
『きみはサッカーのスーパースターだ』
『きみは冒険家だ』
『きみは大会社の社長だ』とか
いっぱいあるわよ」
「ここに お金入れて すきなとこの ボタ
ンを おせばいいんだね?」
「おもしろいね、ちよっとやってみようか?」
「あたし 百円 もってる」
「あたしも もってる」
「あたし これにしよう。
『あなたはおいしいケーキをおなかいっぱ
い食べられる』っていうのが いいな」
「あんたって ほんとにくいしんぼうね」
「いいじゃん。ゆめの中なら、いくら食べ
たって 太らないでしょ」
『コイン投入口』というところに 百円玉を
入れ、ボタンをおしました。
コトン、という音がして 自動販売機の下
のほうにある 取出し口に、ピンクと青の水
玉もようの小さなふくろが、出てきました。
「わあっ! かわいい! ほら ほら なん
か いいにおいがするよ」
手の中に、すっぽりかくれるくらいの大き
さで、すこしふわっと ふくらんでいました。
「あたしは『タレント』にする」
「うふふ、あたしは こっちよ。『世界的バ
レリーナ』っていうの、買ってみよう」
あとのふたりも つぎつぎ百円玉を入れて
それぞれ 自分のえらんだボタンを、おしま
した。
コトン コトン、かわいいふくろが二つ、
出てきました。
「まちがえないでよ。あたしのは あとのほ
うよ。」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
三人は だいじそうに、買ったばかりの
ゆめぶくろをにぎりしめて帰りました。
つぎの朝、学校であった三人は 口々に言
いました。
「ねえ ねえ、どうだった? あたし ほん
とに タレントになったゆめ 見たよ。すっ
ごく たのしかった!」
「あたしも! 大きなホールで『白鳥の湖』
の主役を おどったの。お客様が いつまで
も拍手してくれて、花束いっぱいもらって、
とっても いい気分になっちゃった。」
「あたしだって。おなかいっぱい おいしい
ケーキ食べたんだから。ショートケーキとか
アップルパイとか レアチーズケーキとか、
ものすごく おいしかったあ!」
「あたし 今度は ちがうゆめ 買ってみよ
うかな。」
「あたしも」
「あの車、今日も 来てるかしらね」
三人の話は あっという間に クラス中に
ひろまりました。
その日のうちに クラスの女の子の半分が
ゆめうり屋に行って ゆめぶくろを 買って
きました。
そのうち 男の子たちも おもしろがって、
ゆめぶくろを 買うようになりました。
一週間たったころには みんなが 買った
ゆめの はなしばかりするようになりました。
アイドルになったゆめ、お金持ちになって
いっぱいきれいな服を買ったゆめ、サッカー
の選手になってゴールを決めたゆめ、宇宙飛
行士になって空をとんだゆめ、お姫様になっ
て広いお城に住んだゆめ、FIレーサーに
なって優勝したゆめ、………。
ゆめぶくろで 見たゆめは、ほんとうに
走ったり、食べたり、さわったりしたような
気持ちになるので、目がさめても はっきり
思い出すことが できるのです。
ゆめうり屋の車は、子どもたちが 学校か
ら帰る 3時ごろから、夕方の6時ごろまで
かならず スーパーマーケットの うらの空
き地に とまっていました。
チロリロリン
チロリロリン
いつでも オルゴールが しずかになって
いて、ちかよると あの テープに吹き込ん
だ声が くりかえし くりかえし きこえる
のです。
『さあ さあ ゆめはいかが? みんなで
すてきなゆめを みましょう』
それは ひくい やさしい ねむくなるよ
うな声でした。
ゆめうり屋の 自動販売機には しじゅう
新しい種類のゆめぶくろが ほじゅうされて
いましたから、みあきるということが あり
ません。
子どもたちは 毎日 ゆめうり屋へ行って、
ゆめぶくろを 買うようになりました。
学校の 帰りの会では 日直当番の子が、
その日の反省や、自分の思ったことを、みん
なの前で ひとこと 話すことになっていま
したが、このごろでは だれもが 自分の見
た ゆめのはなしを するようになっていま
した。
「ぼくは きのう オリンピックのスキーの
大回転の 選手になった ゆめをみました。
すごい急な斜面を 猛スピードで すべりお
りるときは、ほんと おっかなかったけど、
みごとに優勝して 胴上げされました。とっ
てもうれしかったです。このゆめを みたい
人は はやめに ゆめうり屋に行ったほうが
いいと思います。人気商品だから、もう 売
り切れかもね。」
一か月たち、二か月たっても、子どもたち
は あいかわらず ゆめうり屋の ゆめぶく
ろに 夢中でした。
でも 三か月がすぎるころ、子どもたちの
顔つきが なんとなく ぼんやりしてきて、
つまらなそうに あくびをしたり、遊んでい
ても 気がのらなくて すぐやめてしまった
りするようになりました。
ゆめぶくろで見るゆめが、あんまり楽しい
ので、朝 目がさめて いつもの生活にもど
るとき がっかりした気分になるのです。
ゆめぶくろの ゆめを みればみるほど
自分のふつうの生活が とてもたいくつで、
つまらないものに 思われるのです。
そんな ある日のことでした。
学校の 帰りの会のときに、日直当番の子
が こんな話しをしました。
「ぼくのうちは おばあちゃんと二人きりで、
あんまり おこずかいは もらえません。だ
から ゆめうり屋のゆめぶくろは 買えない
ので、ふつうのゆめを見ます。見ないときも
あるけど…。
きのう見たゆめは とってもさびしいゆめ
でした。大きな暗い森の中で まいごになっ
て一人きりで あっちこっち 走りまわって、
こわかったです。やっと森をとおりぬけると、
知らない町に出て、そこも めちゃくちゃ走
りまわって、やっと 自分の家に 帰ること
ができたときに、うれしくて 目がさめました。
そしたら おばあちゃんが 横でねていて、
それを見たら なんかとってもうれしかった
です。
それから、学校へきて みんなに会えて
それもとってもうれしかったです。
これで ぼくの ゆめのはなしは おしま
いです。」
みんなは しーんとして 聞いていました。
その日から、きゅうに 子どもたちは買っ
たゆめの話を しなくなりました。
ゆめうり屋へ 新しいゆめぶくろを 買い
に行く子も いなくなりました。
スーパーマーケットの うらの空き地には、
いつの間にか 焼き鳥屋の 屋台が とまっ
ていました。
あのゆめうり屋が いつから このまちに
来なくなったのか だれも 気がつきません
でした。
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