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雪男のサッカー

佐々木 悦子 著

 万年雪の輝く、高く険しいヒラヤマ山脈の、
峰の奥の奥の、そのまた奥の、もっと奥の洞
穴に、一の雪男が住んでいました。
 よく晴れた気持ちのよい朝のことでした。
「ワシ、サッカ ヤル!」
 一の雪男は、高い峰をピョンピョン飛び越
えて、二の雪男を呼びにいきました。
「オーイ! サッカ、ヤロ!」
 洞穴から、二の雪男が出てきました。
「ウイ、ウイ、ワシモ サッカ、ヤルゥ!」
 一の雪男と、二の雪男は、高い峰をピョン
ピョン飛び越えて、三の雪男を呼びにいきま
した。
「ヘーイ! サッカ、ヤロ!」
 洞穴から出てきた、三の雪男がいいました。
「ヤー、ヤー、ワシモ イレロォ!」
 このヒラヤマ山脈には、世界中からチッコ
イヒトたちが、隊を組んでヨチヨチ登ってき
ます。そのチッコイヒトたちは、下界からい
ろんなものを運び上げ、そのまま散らかして
帰っていくのです。
 雪男たちは、その荷物の中から携帯テレビ
をみつけだしました。冬の寒い晩など、洞穴
のなかでゆっくりと楽しむのには、もってこ
いのおもちゃでした。電池がきれたら、その
へんに捨てられた荷物のなかを探せば、ゴロ
ゴロでてきますから、年中見つづけたって、
だいじょうぶです。
 雪男たちのお気に入りの番組はサッカーで、
ワールド・カップのときなんか、みんな徹夜
で観戦したほどです。
 そして、自分たちもサッカーをやるのが、
大好きになりました。でも、このヒラヤマ山
脈には、今では雪男は三人しかいないので、
サッカーも三人でやります。
 一、二、三、の雪男は、ゴール・キーパー
を決めるために、1時間ほど、激しい取っ組
み合いをやりました。
 どうやら、今日のキーパーが、三の雪男に
きまったところで、試合開始です。
 一の雪男と、二の雪男が、ボールをけりあ
います。ボールは、チッコイヒトたちが捨て
ていった、発電機や、酸素ボンベなど、なん
でもいいのです。
 キーパーは、ゴールのまえで、しっかり足
をふんばっています。三の雪男のかかとのと
ころから、目もくらむような深い深いクレバ
スが、地球の中心にむかって、切れ落ちてい
ます。これが、雪男のサッカーのゴールなの
です。
「ホギホギッ! シャハッ!」
 勇ましいかけごえとともに、二の雪男が、
ベコベコになった酸素ボンベを、三の雪男の
守るゴールめがけて、シュートします。
「ブッギーッ!」
 そうはさせじと、一の雪男が酸素ボンベを
うばいます。
「ンズーッ!」と気合いをこめて、やはり、
三の雪男が守るゴールめがけて、シュートし
ます。
 これが雪男のサッカーです。敵とか味方な
んていうむずかしいルールはありません。
ただ、ただ、できるかぎり強烈なシュート
を、キーパーめがけてうつことが、だいじな
のです。
 だって、そうでないと、ゴール・キーパー
のお楽しみがなくなってしまいますから。
 一の雪男も、二の雪男も、互いにゆずらず、
何度もボールを取ったり取られたりしました。
 雪男たちが、走りまわるたびに、峰の頂上
には、雪煙が高々と舞い上がり、次々と発生
する雪崩の音が不気味に谷にこだまします。
「ウッキ、ウッキ、ハオ! ハオ!」
 待ち切れないように、腕をふりまわしなが
ら、三の雪男が叫びます。
「ホッ! ホッ! ズハーッ!」
 一の雪男から、ボールをとりもどした二の
雪男が、三の雪男めがけて、渾身の力でシュ
ートを放ちました。
「グヴォッ! ブッヒッヒッヒィ…!」
 勇敢なゴール・キーパーは、砲弾のように
飛んで来た酸素ボンベを抱きしめたまま、歓
声をあげて、暗黒のクレバスの底へ、まっさ
かさまにおっこちていきました。
「グッシッシ…、シ・ビ・レ・ルゥ…」
 嬉しそうな笑い声を響かせて、どこまでも
どこまでも墜落していきます。
 これが、雪男のサッカーの醍醐味なのです。
この楽しみのために、雪男たちはみんなゴー
ル・キーパーをやりたがるというわけです。
 さて、三の雪男が、楽しそうにおっこちて
いったあと、一の雪男と二の雪男は、クレバ
スのへりで、のんびりと昼寝をはじめました。
 そのころ山のふもとのベース・キャンプで
は、チッコイヒトたちが、登山を開始すべき
か否か、激論していました。
「そもそも、このヒラヤマ山脈はだな、オッ
ホン…」
 ひげの隊長が、胸を張って言いました。
「学術的気象学的見地からの科学的合理的予
知を拒否する超自然現象が確率的にみて極め
て高い頻度で観測される特異地帯である」
「…隊長、それって、ようするに、どういう
ことなんすかあ?」
 隊員のひとりが言いました。
「つまりだな、あー、簡単に言ってしまえば、
変な山だってことよ。よーく晴れている時ほ
ど、とつぜん凄まじい嵐がはじまるんだな。
今朝もこれ以上望めないほど安定した高気圧
におおわれて、上空には雲ひとつないという
のに、我々の目指す、第3アホカ峰の頂上に
は、さっきからものすごい雪煙りがあがって、
広範囲な雪崩もおきている。したがって、隊
員の生命を預かる責任者として、熟慮に熟慮
を重ねた結果、わしの最終判断としては、誠
に残念ではあるが、今日のアタックは、中止
すべきであると言わざるをえないのだ」
「でもさあ、隊長…」
 べつの隊員が、のんきそうに飯盒のメシを
つっつきながら言いました。
「そんならさあ、逆に、今みたいにすっごい
嵐のときに登り始めれば、あんがいうまくい
くんじゃあないっすかあ? なんせ、変な山
なんだからさあ…」
 そう言いながら、今度はコンビーフの缶詰
を開け始めました。
「もう、いいかげん、さっさとやっちまおう
よ。オレ、ここで、毎日メシばっかり食って、
ブラブラしてたら、やったらブクブクふとっ
ちゃってさ…」
「あの、ですね、じつはですね、だいぶ予定
が延び延びのためですね、思ったより出費が
かさんでましてね、今日ですね、頂上アタッ
クにとりかからないとですね、資金ぎれで、
帰りの飛行機代がなくなりそうなんですね」
 会計係りの隊員が、遠慮がちに、しかし、
決定的な意見を述べました。
 隊長は、ひげをしごきながら長いこと思案
したあげく、ついに口を開きました。
「よし、それでは決行だ!」
 そして、また飯盒に顔をつっこんでいる、
のんきな隊員にむかって、重々しく言った。
「きみをアタック隊の隊長に任命する。わし
は隊を統率する最終責任者として、満を持し
てこのベース・キャンプにとどまり、世界に
残されたただ一つの未踏峰、第3アホカ峰初
登頂成功の吉報を待つとしよう」
 突然の栄誉と重責が、ドサンとふりかかっ
てきた隊員は、あわてて飯盒をほうりだし、
シャックリしながら言いました。
「クヒッ! そうと決まったら、ただちに出
発だ!」
「エイ、エイ、オー!」
 チッコイヒトたちは、突然、嵐がおさまっ
て晴れ渡った空を、不安そうに見上げながら、
ヨチヨチ登り始めました。
 だいじょうぶ、だいじょうぶ、一の雪男も、
二の雪男も、ぐっすりねむっていますから、
当分、嵐にはなりません。
 なにしろあのクレバスは、ヒラヤマ山脈の
なかで、一番深いといわれているほどですか
ら、三の雪男が這い上がって来て、試合を再
開するのに、一週間はかかるでしょう。

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