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バイオリンを弾いたサンタ

佐々木 悦子 著

 12月24日クリスマス・イブの夜もふけて、東の空がうっすらと明るくなってきました。世界中のこどもたちにプレゼントを配り終えたサンタは、帰りの橇の中でこっくりこっくりいねむりしています。空っぽになった大きな袋にもぐりこんでね。トナカイのウグとハグは、一晩中走り回った後なのにまだまだ元気で、北の空めざして走り続けます。
 とつぜん橇がストップ。サンタは思いっきり頭を橇にぶつけて目をさましました。
「痛いっ! おいおい、こんなところに赤信号があるわけないだろ?」
 ウグとハグは、鼻息も荒く「もちウグ!」「ろんハグ!」と返事をしました。
「さあさあ、へたな冗談は家に帰ってからゆっくり聞かせておくれ。ゴー! ゴー!」
 でも、ウグとハグはぴたりと止まったまま動こうとしません。
「やれやれ、おまえたちだけだよ、平気でわしに逆らうのはな…。いったい、なにごとじゃ?」
 サンタはしぶしぶ袋から這い出してきて、下を眺めました。ひっそりとした森の中に白い建物がひとつ、ぽつんと立っています。そこはホスピスといって、重い病気でまもなくこの世を去るひとたちのための場所でした。
「おや? ここには、いまは子どもはいないはずだがなあ?」
 サンタはポケットから手帳を出して、パラパラとページをめくりました。この手帳には、世界中のこどもの名前が書いてありました。こどもがやがておとなになると、手帳からその名前が自然に消えてしまうのです。トナカイのウグとハグは、サンタの手帳を見なくても世界中のこどもを全部覚えていて、順序良く橇を止めるという最高のワザの持ち主でした。
「このホスピスにはこどもはいないよ。ウグ、ハグ、おまえたち、なにか勘違いしてるんじゃないかね? プレゼントだって全部配り終わって、一つも残っていないんだし…。」
 でも、サンタの橇をひくトナカイとなれば、そんじょそこらのトナカイとは違います。
「ウーグッ!」「ハーグッ!」と、鼻息も荒くサンタを叱りはじめました。
 しかたなくサンタは橇をホスピスの建物のそばに寄せると、ドサンと飛び降りました。そうそう、下にはもちろん雪が積もっていますからね、だいじょうぶ、だいじょうぶ。
 こんな夜ふけだというのに、灯りがともっている窓がひとつあります。サンタがそっと窓からのぞくと、おんなのひとが一人、ベッドに横たわって窓の外を眺めていました。このひとは、虐待されたり捨てられたりしたこどもたちを幸せにするために一生働いてきて、いま重い病気になり、自分がもうじき天にのぼるということを知っていました。そのおんなの人は、サンタに気がつくと、にっこり笑って手招きしました。
 サンタは鍵がかかった窓をなんなく開くと、部屋の中におりたちました。
「メリー・クリスマス!」
 ベッドのそばに行って、おんなの人の顔をのぞきこんだサンタは、ウグとハグがなぜここに立ち止まったのかが、すぐにわかりました。その人が年はとっていても、こどもの心とこどもの目をもっていたからです。サンタは一瞬、(プレゼントが、ないぞ…。どうしよう?)と思いましたが、その部屋の壁に古ぼけたバイオリンがかかっているのが目にはいると
「おお、これじゃ、これじゃ!」
うれしそうに壁にかけよって、バイオリンを手にとって言いました。
「さあてと、クリスマス・プレゼントとして、わしが一曲弾いて差し上げよう。なにがいいかなあ?」
「わたしはモーツアルトがすきなんです」
「うっ…」
 サンタは一瞬、固まってしまいました。だって、サンタがバイオリンを習っていたのはいまから600年くらい昔の、まだ30歳くらいのこどもだったときだったし、おまけにサンタが得意なのは、ゲイジュツ的な音楽ではなくて、ダンス音楽だったからです。
「さてさて、どうしよう…。そうだ、こういうときには、キップ・ケレップ・コロロップ・ハイ!」
 サンタは窓の外を見ながら、いつものおとくいの呪文を唱えました。いつの間にか雪がやんで空には満天の星が輝いています。
「おお、そうだ! キラキラ星なら弾けるぞ! たしかあのモーツアルト君もキラキラ星のテーマで曲を作ったはずだ」
 ひとりで納得したサンタは悠々とバイオリンを弾き始めました。ちょっとさびついたバイオリンの音色が、ホスピスの中に流れ出しました。その音にあわせて空の星がいっせいにきらきらと瞬きはじめました。そして、おんなのひとの身体がだんだん小さくなり、幼いこどもにもどっていきました。曲がおわったとき小さな女の子になったそのひとは静かに「ありがとう」といって、目を閉じました。
 サンタは今は幼子になったおんなのひとをそっと抱きかかえると、橇にのせて出発しました。
「ウグや、ハグや、おまえたちのおかげで、だいじな仕事を果たすことができたよ」
 サンタと幼子を乗せた橇は、ぐんぐん北極の空をとんでいきます。北極の雪原には、もちろんいつものあの白熊の親子がいます。そして、甘えん坊のあのこぐまは、もちろんいつもどおり、母さん熊のひざにねころんで銀のスプーンで耳かきをしてもらっています。
「あれっ、おかあさん、白い鳥が飛んでいくよ!」
 こぐまが空を指差しました。
「ああ、あれはね、天使さまよ」
 母さん熊はこぐまを抱きしめながら言いました。
 サンタの橇から、背中の大きな羽をはばたかせて、こどもの天使が元気に飛び立っていくところでした。
(2006年12月24日 清瀬のホスピスで姉を見守りながら記す) 

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