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サンタと黒猫ノワ

佐々木 悦子 著

 サンタがオーストラリアのオレオレ牧場に、従兄弟のヘロー氏を訪ねたのは、9月のことでした。ヘロー氏は相変わらずわんこに夢中でしたが、(『サンタとおばあさん』参照)、あんなにちっぽけだったわんこも、今じゃちょっとしたライオンくらいの大きさになって、ヒトをかじるのが大好きな犬になっています。もちろん、それだからよけいに可愛くなったとも言えるんですがね。
 あれ以来、毎年サンタはゴブリン子ども連盟の連中を、この牧場へ連れて来てやることになったのです。いくら地下の小人とはいえ、一年中、地面の底で宝石を掘っていると、ビタミンD欠乏症になっちまいますからね。
 ヘロー氏のわんこに、たっぷり顔を洗ってもらったサンタは、また、トナカイのウグとハグのひく橇に飛び乗りました。
「ゴブリンの連中を迎えにくるまでの一週間、すこし遊んでこようっと!」

 サンタの橇が北半球に入ってしばらくすると、目の下にジャパンが見えてきました。その真ん中あたりのくねった湾ぞいに、大きな遊園地が見えます。
「ウグ、ハグ、あそこへ降りてみようか」
 駐車場の横の林のなかに橇を隠すと、サンタはちゃんと入場料を払って中に入りました。サンタの財布には世界中の紙幣がそろっているのです。ああ、もちろん、こういうおしのびの時のサンタというものは、アロハシャツに短パンというお気楽なファッションなんですよ。
 遊園地の中は、いろいろなショーや乗り物やレストランや売店がいっぱいで、大勢のひとでにぎわっています。おっ? 楽しそうな音楽が聞こえてくるぞ。やあ、ボヘミアの楽師たちがやってくる。
ひらひらと蝶のように舞いながらバイオリンを弾いてるのはきれいな娘さん。重そうなアコーディオンを軽々とかついで、右に左にステップを踏みながら華麗な演奏をしているのはメガネをかけた背の高い青年。その後ろにはまるで手品師のようなあざやかな撥さばきで太鼓を叩く優しそうな若者。サンタは思わず「ヘーイ! ヘーイ!」と掛け声をかけました。
 楽師たちは、笑いながらサンタを取り囲むと、いっそう明るく、いっそう激しく、音楽を奏で始めました。それはまるで天から降り注ぐ光の洪水のような音の奔流、音の乱舞、音の饗宴でした。サンタはもう、年も忘れて楽師たちと一緒にぐるぐる踊りまわって叫びました。
「イェーイ! ホッホー! ヘイヘイホー!」
「あたしもいれて!」
 とつぜん、輪の中に小さな子が飛び込んできました。色白で目のパッチリした可愛い女の子です。
「おお、いいとも! さ、わしと一緒におどろう」
 サンタが手をさしのべると、女の子はニコニコしていいました。
「ありがとう! サンタさん」
「とほっ! わしがサンタだとな? いやいや、こんなイカレたアロハなんかきてるサンタなんか、いるはずないじゃろが?」
「あら、そんなことないわ。あたし、レイモンド・ブリッグズの『サンタの楽しい夏休み』を持ってるの。あれにでてくるサンタに、あなたはそっくりだもの」
「とほほ…。子どもっちゅうもんは、ほんとに油断できないねえ。いかにも、わしはサンタじゃよ。だがな、ほかの人に言うんじゃないよ。たちまちワイワイひとだかりして、わしが遊べなくなっちまうからね」
「うん、わかった。じゃ、黙っててあげるから、そのかわり今年のクリスマスには、絶対にあたしの欲しいものをプレゼントしてね!」
「おお、いいとも! なにがお望みかね?」
「アレ!」
 と言って、少女は、踊りまわるボヘミアの楽師のほうを指差しました。
「ほう、アコーディオンかい? よしよし、必ずクリスマス・イブには届けよう。ではお嬢ちゃんの住所と名前を教えておくれ」
「あたしは、キヨセむらのサーヤ」
「おお、そうかい。わかったぞ。そうときまったら、一緒に楽しく踊ろうじゃないか!」
 サンタとサーヤは、音楽にあわせて、手をつないで飛び上がったりしゃがんだり、背中合わせでステップを踏んだり、ついにはトンボ返りまでやってのけました。
まわりで見物していたお客たちから、やんやの拍手が起こり、ボヘミアの楽師たちも顔を真っ赤にほてらせながら、ふたりに拍手をおくります。
 その日、一日中サンタとサーヤは連れ立って、遊園地の中のすべてのショーを見て、すべての乗り物にのり、すべてのレストランで食事をし、すべての売店でお土産を買いました。サーヤを連れていると、どう見ても、孫(ひ孫かな?)を連れて遊びに来たごくフツーのおじいちゃんにしか見えないから、サンタものびのびと遊ぶことができるわけです。
 夜になるとサンタは、山のようなお土産といっしょに、サーヤを橇に乗せて家まで送り届けました。生まれて初めてトナカイを見たサーヤは、すっかり気にいってしまって、クリスマス・プレゼントは、アコーディオンじゃなくて、トナカイにすればよかったかなあって、ちょっぴり後悔しました。
「じゃ、わしはこれからラスベガスへいって、もうちょっとおとなの遊びを楽しんでくるからね!」
 サーヤに別れをつげると、サンタはウグとハグに声をかけて、空高く舞い上がっていきました。

 さて、今年もいよいよ12月24日になりました。サンタはいつもどおり、世界中の子どもたちへのプレゼントを橇に積み込んで出発です。もちろん、あのとき遊園地で会って約束したサーヤへのアコーデイオンも。あれれ??? 
 そう、サンタははやばやとサーヤのアコーディオンをサンタ財団直営の工場から取り寄せて用意しておきました。でも、アコーディオンを傷つけるといけないので、最後に積み込もうとおもって、台所の戸棚の横に置いといたんです。
暖かい台所の戸棚の横に、見慣れぬ物体が置いてあったら、そこに乗っかってみたいと思わないネコなんか、一匹もいないはずですよね? つまり、サンタの飼い猫のうちでも一番古顔の灰色メス猫のボボが、いつものように台所で昼寝をしようと思って、のっそりと入ってきたとたん、戸棚の横に置いてあるアコーディオンをみつけたんです。ボボは、しばらくこの新参者を遠くから眺めていましたが、やがて、何気ないふりを装って少しずつ近寄り、ちょっと匂いをかいでから、二度、三度、手でひっかいてみました。相手に全然はむかう様子がないことがわかると、ボボはおしりにぐっと力をこめて、よいしょとアコーデイオンの上に飛び乗り…というより、這い上がったといったほうがぴったりしているでしょうね。なにしろボボは体重15キロという巨体の持ち主なんですから。
小さな女の子用に作られた小さなアコーディオンは、どでかいボボの体の下にすっぽりと隠れてしまいました。だから、あわただしく出発の準備に追われていたサンタが、見落としてしまったのも、まあ、ムリはないと思いますよ。ともかく、袋にアコーディオンを入れるのを忘れて、サンタは出かけていったというわけです。
北極の夜空には、刻々緑や青や紫に変化する神秘的なオーロラの幕がたれさがり、空一面に銀の砂を播いたような星が輝き、氷原では白熊の子が楽しそうに遊んでいます。子熊は、去年空から突然降ってきたマウンテンバイクにまたがって(『サンタと三人の少年』参照)、ツルツルすべる氷の上を、器用に走り回っています。
さて、キヨセむらのサーヤの家にやってきたサンタは、袋をさがしてもアコーディオンがないのにやっと気がついて、がっくりしています。
「しまった! 台所の戸棚の横に置いといたのに。そうだ、出かけるとき、ボボ婆さんが丸くなって寝ていたぞ。あの下にあったんだ。こまったなあ。こうなったら、あの手でいくしかないぞ」
サンタはあわてずに、いつものおまじないを唱えました。
「キップ・ケレップ・コロロップ・ハイ!」
 なにも起こりません。もう一度、唱えてみました。でも、やはり、なにも出てきません。
「うーん、ここは極東だからなあ、圏外ってことなのかなあ? それともパワー切れかしらん?」
 頭をかかえたサンタのお腹が、グルグル鳴りました。いえ、鳴ったのはサンタのお腹のポケットに入っていた携帯でした。そりゃあ、そうですよ。サンタだって携帯くらい持っていますよ。
「ああ、もしもし、わしじゃよ!」
「ハア、モスモス、ワスジャ」
「なんだ、ボボ婆さんかい? いったい何の用だね?」
「アンタ、ホレ、ワスレモン、シタンジャナイカイ?」
「おお、そうなんじゃよ。婆さんが乗っかってたから、うっかり見落としちまってな」
「スマンナ。ジャ、コレ、イマカラ、ワカイモンニ、トドケサセルカラ、マッテロ」
「はやくしておくれよ! 寒くてしょうがない」
 サンタがガタガタ震えながら、足踏みしていると、やがて北のほうからヒューッと風が吹いてきて、大きな黒い四角いものをかついだ、小さな黒い丸いものがサンタの足元にコトンと着陸しました。
「ああ、くたびれた! ボボお婆ちゃんに、全速力で行っておいでって、いわれたからね」
 金色のまんまるい目をくりくりさせて、そういったのは、一匹の小さな黒猫でした。
「やあやあ、ノワかい? ご苦労だったなあ。じゃ、このアコーディオンを届けてくるから、おまえは橇の中で休んでおいで」
「あたしも、いっしょにいくよう」
 黒猫ノワは、サンタの肩によじのぼりました。
「そうかい? じゃあ、ついておいで」
 サンタとノワが、サーヤの部屋にこっそり入ってきたのを、サーヤはベッドの中で、目をパッチリ開いて見ていました。
「サンタさん、こんばんは!」
「おやおや、まだ起きてたのかい? ほうれ、約束どおり、アコーディオンを持ってきたよ」
「ありがとう、サンタさん。でも、肩にのっているのは、なあに?」
「おお、この子はな、迷子になってうちにやってきたんだが、婆さん猫のボボがすっかり気に入って、可愛がってるんだよ。こいつ、ちっこい体に似合わず力持ちだし、おまけに走るのが星の光よりも速いやつなんだ。それで、今もちょっとした忘れ物を届けにきてくれたのさ」
「もしかして、その子の名前は、ノワっていうんじゃないかしら?」
 サーヤがベッドから飛び出してきて言いました。
「おお、そうじゃよ。どうして知ってたのかね?」
 サーヤは、サンタにかけよると、肩に飛びついて、ノワを抱き取りました。
「この子は、あたしの大事な子なの。三日前から行方不明になって、心配で心配で、あちこち探して歩いたんだけど、まさかサンタさんのうちへ行ってたなんて!」
 サーヤは、黒猫ノワをしっかり抱きしめました。
「ノワちんたら、サンタさんがあたしのアコーディオンを忘れるのを、ちゃんとわかってたのかもね。それで、あとから届けるために、前もってサンタさんのうちへ行ってたんだわ。なんておりこうなんでしょう!」
 やれやれ、これで今年もなんとか無事にプレゼントを配り終えることができたようです。サンタはほっとして、橇にのりこみましたが、急に心配そうに頭をふりました。
 そうです。黒猫ノワがほんとのおうちに帰ったのを知ったら、灰色婆さん猫のボボが、どんなにがっかりするだろうと思ったからです。
「いやいや、これは大変なことになったわい。あの婆ちゃんのご機嫌をわるくすると、家中が嵐になっちまうからなあ。こうなったら、めんどうでもタラ湖へ寄って、ボボの大好物の古代紫ニジマスでも釣っていくしかないぞ。やれやれ、ウグ、ハグ、もうひと走り頼むよ!」
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