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サンタと3人の少年
(きわめてローカルな内輪向けのお話?!)

佐々木 悦子 著

 12月24日の夕方です。サンタは2頭のトナカイを橇につないでいます。
「さあ、ウグとハグや、今夜もよろしく頼むよ」
 プレゼントをいっぱい詰め込んだ大きな袋を橇に乗せて、出発です。
「そうだ、プレゼントを配り始める前に、タラ湖のお婆ちゃんのところに寄っていこう。ウグ、ハグ、ちょっとコースを西寄りに走っておくれ」
 北極に近いタラ湖にいるお婆ちゃんというのは、サンタのひいひいひい婆ちゃんで、たしか1870歳くらいになる青耳ガメのことです。 え? 「なぜ、サンタのひいひいひい婆ちゃんが青耳ガメなの?」なんて言われたって、わたしは知りませんよ。
ともかく、サンタはこのタラ湖のお婆ちゃんが大好きで、風邪をひいちゃいないか、神経痛で困ってないか、ときどき様子を見に行ってあげるのです。
 サンタの橇が雪の積もったタラ湖畔に降りると、そこには3人の少年と1匹の犬がいました。
「おいおい、きみ達、そこでなにをやってるのかね?」
 サンタが聞きました。
「ぼくの赤耳ガメが親戚の青耳ガメに会いたいっていうから、連れてきたんだ」と言いながら、帽子のなかから1匹の赤耳ガメを取り出したのがバウ君。
「こんばんは、サンタさん。ぼくが持ってるのは、カメはカメでも、デジカメだよ。わあっ、雪で濡れちゃうっ!」と言って、防水布で大事そうにカメラを包んでいるのは、ハヤ君。
「おいおい、ザエル、サンタさんをかじっちゃダメだよ」と、元気に走り回る白ラブのザエルを追いかけまわしているのは、ヘロ君。この子もつい先日買ったばかりの真新しいデジカメでザエルをせっせと撮っています。
「で、青耳ガメの婆ちゃんには会ったのかね?」
 サンタさんは湖の底のほうをのぞきこみました。
「うん、とても元気そうに歌いながら、ギャッホッホダンスを踊っていたよ」と3人が声をそろえて言いました。
「ハッハッハ、それなら神経痛も出ていないってこったね。安心、安心。ではわしは公務があるので、失礼する」
 サンタはまた橇に乗って走り出そうとしましたが、
「おっと、そうそう、きみたち、この湖の向こう岸には行ってはいけないよ。とてもキケンなものがあるからね」
と叫びました。
「キケンなもの?」3人がいっぺんに、うれしそうに言いました。
「そうだよ、今夜あれに乗ったら、二度とこの世へ帰ってこられないぞ!」
 サンタの声がそう言っているまに、橇は早くもグリーンランド上空へ近づいています。
「ザエル、聞いた? キケンだってさ」と、わくわくしているのはヘロ君。
「あれに乗ったらって言ってたな。ってことは、それ、もしかして、鉄道かも!」はやくも、向こう岸にむかって歩き出しているのはバウ君。
「ちょ、ちょっと、待ってよ。二度とこの世へは帰れないって言ってたよ。ま、いいか。三度目には帰れるかも」と、自慢のマウンテンバイクにまたがって、その後を追っているのはハヤ君。
「なんで、この極北のタラ湖までハヤ君がマウンテンバイクでこられたの?」「ほかの二人はどうやってここまで来たの?」なんて言われたって、わたしは知りませんよ。なにしろこの三人の少年たちときたら、どこへだって行きたいと思ったら、なにを使おうが、なにも使うまいが、絶対に行っちゃう子どもたちなんです。
 雪煙にかすむタラ湖の向こう岸から空に向かって、銀色に輝く二本の筋がくっきりと見えてきました。
「あれは、どう見てもレールだな。レールがあるということは電車が走るということだな」
 すごく興奮しているにもかかわらず、しごく冷静な顔で言うのがバウ君です。
「電車が走ってるなら、なにがなんでも乗らなくちゃ! サンタの警告を無視してでもね」
 どんな小さな提案でも、心から熱くなって言うのがヘロ君です。
「ぼくの自転車とその電車で、競争してみるべきかな」
 競争するにきまっているのに、一応手順としてこうつぶやいてみせるのがハヤ君です。
 突然、タラ湖の真ん中から、ぬうーっと現れたものがあります。
「あっ、あれは!」
「おっ、あれこそが!」
「うん、あれだ!」
 3人が口をポカンと開けて見とれたのもムリはありません。
 いま、ここに現れたものこそ、まさに口をポカンと開けて見るに値するものだったのです。これこそは、あの暗黒の21世紀に世界的科学者Y3博士が密かに製作して、この地球上のどこかに隠しておいたという、幻の電車型空中浮遊物体「ES−2004MARU−12TAMAKICHI−18」号だったのです。
 それは、うっとりするような優雅な形と、美しい色と、楽しい音と、美味しそうな味を伴った、いまだかつて人類が見たことのない不思議な電車でした。
 3人の少年は湖畔のステーションにむかって、ダッシュしました。そうそう、いい忘れましたが、タラ湖の向こう岸には、赤い屋根の可愛いステーションがちゃんと建っているんですよ。
 ホームになだれこんだ少年たちが、横付けになった素晴らしい電車をさわったり、かいだり、なめたりしていると、後ろから声がしました。
「ちょっと、ちょっと、お客さんたち、乗るならキップを見せてくださいよ!」
 大きめな車掌帽を目深にかぶった、ちょっとずんぐりした車掌さんが電車の最後尾に立っています。
「えっ?、キップ?」
 バウ君がポケットの中をごそごそやって、取り出したのは古い西武線のキップでした。
「ダメダメ、ふざけないでくださいよ。ほんもののキップなんか出して!」
「じゃ、これは?」
 ヘロ君が差し出したのは、さっき食べてしまった旭製菓のかりんとうの空き袋です。これはタラ湖旅行へ出発するときに、友人のアラシ君が差し入れてくれたものでした。
「からっぽじゃ、ダメですってば」
「なら、これで乗せてくれるかな?」
 ハヤ君はリュックの中から、韃靼そばふりかけのビンを取り出しました。まだ、半分くらい中身が残っています。
(ここだけの内緒のハナシですが、ハヤ君が韃靼そばふりかけを肌身離さず持ち歩いているような子だとは、わたしも知りませんでしたねえ。)
「おお、こりゃいい! どうぞいそいでお乗りなさい。まもなく発射です」
 どこが扉なのかキョロキョロしていると、いきなり電車の中から大きな黄色い手が3本でてきて、おいで、おいでをしています。バウ君とザエルを抱いたヘロ君が黄色い手と握手すると、いきなり2人と一匹は電車の中に吸い込まれました。
「わあっ、ぼくは乗らないよー」
 ハヤ君はあわてて黄色い手にバイバイして、マウンテンバイクに飛び乗りました。
「では、ES−2004MARU−12TAMAKICHI−18号、発射!」
 車掌さんのシブイい声が赤い屋根のかわいいステーションに響き渡ると同時に、幻の電車型空中浮遊物体がふわりと地上1・5センチほど浮き上がりました。そして、のろり、のろり、カメのような速度で銀色のレールの上を進み始めました。マウンテンバイクで全力発進したハヤ君は、すでに北極点まで到達していましたが、これを見て、あわてて戻ってきました。
「わあい、これならゆっくり電車を写せるぞ」
 さっそく防水布からデジカメを取り出して、パチリ、パチリ。
 一方、電車に乗り込んだバウ君は、さっそく車掌室へ行って、車掌さんと高度に専門的な話し合いに夢中になっています。なにしろ世界中の電車すべてを乗ってきたバウ君ですからね。
 ザエルと一緒に車内に取り込まれたヘロ君は、そこに先客がいるのを見つけました。それはとても美しい女の人でした。スラリと背が高く、憂いを含んで伏せられた切れ長の瞳に、長いまつげが寂しそうな影を作り、そのほっそりとした色白の顔を包むようにたれさがった金髪の上には、黒いビロードの帽子が載っています。
「あっ、あれはネーテルだ」
 ヘロ君は、すぐにも駆け寄りたいと思いました。でも、一足早くザエルが駆け寄って、ネーテルのひざの上に飛び乗っていました。そして、なんと、遠慮なくネーテルの顔を、大きなねっとりとした舌で、ベロンベロンと嘗め回しています。うれしそうにシッポをぶんぶん振り回しながらね。
 ヘロ君はそのとき、心からザエルといれかわりたい思いましたが、そんな思いはちっとも顔に出さずに、礼儀正しく言いました。
「すみません、これ、ぼくのイヌなんです。ちょっと甘えん坊なんで。あの、一応言っときますが、このコはこれでも女の子ですから、ご心配なく」
 ネーテルは、哀しげな顔にそれでも優しい微笑を浮かべて
「あら、いいのよ。わたしはイヌがだいすきだから。どうぞ、ここへおかけなさいな。おはなしでもいたしましょう」
 その声は、まるで銀の鈴を振るような、やわらかな哀愁をおびた静かな声でした。ヘロ君は、これでもう完全にノックアウトされて、へたへたとネーテルの隣の座席に座り込みました。自分がいま、あのY3博士が作った幻の空中浮遊物体にのっているという偉大な体験をしていることさえ忘れてしまって。
 さて、ハヤ君が自転車にのってパチパチ写真を取りながら、電車の周りを一回りしたとき、急に電車の胃袋あたりのところに、ぽっかり穴があいて、そこから知らない男の子がひとり、ぽつんと座っているが見えました。
「こんにちは!」
 ハヤ君が声をかけて近寄ってみると、その男の子はひざに一匹のネコを抱いています。白の混ざった茶色地の毛に黒い縞がところどころはいって、緑色の小さな鈴を首に付けています。そう、それはまぎれもなくハヤ君の飼いネコ、ザスケでした。
「あのう、ぼくはハヤっていいます。それ、ぼくのネコなんだけど」
 ハヤ君がていねいに言うと、浅黒い丸顔の男の子は、ぱっちりとした目をきかん気そうに見開いて、思いっきりぶっきらぼうに言いました。
「オレ、星のケツロー。このネコはオレんだよ」
 あれっ? ハヤ君は一瞬頭がクラクラしました。だって、どう見たって、そこにいるネコはハヤ君のザスケなんですもの。いつか大怪我してちょん切れた尻尾にかけて、これはザスケに間違いありません。
「あの、その、このネコの名前、なんて言うんですか?」
 ハヤ君はおそるおそる聞いてみました。
「ザスケにきまってっだろ」
 星のケツローは平然として言います。
 ハヤ君は考えました。ザスケの飼い主はぼくだ。この男の子はザスケを自分のネコだと言っている。となると、この男の子は、ぼくなのかもしれない。ぼくは、もしかしてハヤではなく星のケツローなんだろうか? 
 元来素直なハヤ君は、自分がほんとはケツローだという結論をすぐさま受け入れました。そうだ、すっかり忘れていた、ぼくはケツローだった。そう思ったとたん、マウンテンバイクとハヤ君の姿が、フッと消えうせたのです。

 さて、恒例のクリスマス・イブの公務に励んでいたサンタは、やっと全部のプレゼントを配り終えて、ほっと一息。
「やれやれ、これで今年の仕事も無事終わったよ。ウグ、ハグ、ご苦労だったね、さあ、我が家目指して、あとひとっ飛びじゃ」
 グリーンランドも越えて、もうじきサンタの家の見えるところまできたとき、
「あれっ、あそこを飛んでいるのは?」
 サンタの橇のずっと先に、まるで彗星のような速度で突っ走る物体があります。 え? 「彗星の速度ってどのくらい?」なんて言われたって、わたしは知りませんよ。
「しまった! よりによって今夜、アレが湖から飛び立つなんて。クリスマス・イブにアレに乗ったものは、二度と地球には戻れないのじゃ。そうだ、きっと青耳ガメの婆ちゃんのいたずらだな」
 サンタが見たものは、もちろんあのY3博士の作品「ES−ナントカカントカ」号です。さっきまではあんなにのろり、のろりとカメのように這いずっていたのに、どういうわけか(多分、Y3博士が使っていた21世紀のコンピュータで作られたプログラムのせいでしょうね)今は、凄まじい勢いで地球から離れていこうとしています。
「これはいかん。多分あの少年たちがアレに乗っているに違いない。ウグ、ハグ、全速前進じゃ!」
 サンタの橇も猛然と走り出しました。そりゃあ、ウグとハグが本気を出したらすごいもんです。あっというまに、「ES−ナントカカントカ」号の横に並んでしまいました。
 見ると、バウ君は車掌さんに熱心に、西武線のラッシュアワーの過密ダイヤとその解消策について説明しています。車掌さんにはそれがどうしても理解できないらしくて、しきりと首をふっています。
 一方、ヘロ君のほうは、なんとネーテルの肩に頭をもたせかけて、気持よさそうに眠っています、そのヘロ君の腕にあごをのせて、ザエルも気持よさそうに眠っています。
 そして、隣の車両(というか胃袋のような部屋)には、未来をきっと見据えた鋭いまなざしの凛々しい少年がひとり(これをケツローと書くべきか、ハヤ君と書くべきか、わたしにはサッパリわかりませんがね)、これまた未来をきっと見据えた鋭いまなざしをいまは半分ほど閉じて、ごくフツーのネコらしくウトウトしているザスケを抱いて座っています。
「おーい、きみたち、いますぐに、そこから飛び降りるんだ! そうしないと、まもまく7次元の世界へ入ってしまうんだよ!」
 でも、バウ君もヘロ君もケツロー(もしくハヤ君)も、サンタの声が耳に入らない様子です。
「しょうがないなあ、青耳の婆ちゃん、あの子たちによっぽどキツイ呪文をかけたんだな。こうなったら、最後の手段。キップ・ケレップ・コロロップ・ハイ!」
 サンタが叫ぶと、あの偉大なるY3博士の傑作、「ES−2004MARU−12TAMAKICHI−18」号のシッポの先端から、赤耳ガメを帽子の中に入れたバウ君と、ザエルを抱いたヘロ君と、ザスケを抱いたハヤ君が、ポン、ポン、ポンと飛び出してきました。空中に浮かんでいる3人の少年をつまみあげて橇に放り込むと、サンタはほがからに笑いました。
「ワッハッハ! なんとか間に合ったようだ。こうなったら、きみたちを家まで送り届けてあげるしかないね。ウグ、ハグ、もう一仕事だ。ジャパーンめがけて飛んでおくれ」

 さて、こちらは北極に近い雪原です。月の光がキラキラふりそそぐ氷の上で、コグマが、母さんグマのひざに頭をのせて、気持よさそうに耳掻きしてもらっています。あらまあ、耳掻きにしている銀のスプーンが、ずいぶんサビついてしまってること。
「あれ、かあさん、空からなにか落ちてくるよ」
「あら、ほんと。あれはきっとサンタさんからのプレゼントよ」
「あ、そうか。今夜はクリスマス・イブだもんね」
 ふわり、ふわりと落ちてきたのは、一台のマウンテン・バイクでした。コグマはとっても喜びました。そろそろ自分も自転車に乗れる年になってもいいんじゃないかって、思ってましたから。そりゃあ、もちろん、かあさんのひざで耳掻きしてもらうのは、とっても好きだけどね。  (おしまい)
(注 このオハナシは完全なフィクションです。ここに登場する人物と動物はすべて架空の人物と動物です)
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