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サンタとゴブリンこども連盟

佐々木 悦子 著

 もうじきクリスマスというある日。サンタクロースはロンドンの老舗デパート、ハロッズにでかけた。プレゼントを買うためにね。
 えっ? サンタのプレゼントって、デパートで買ってくるものだったのかって?
 いやいや、クリスマスイブの夜、世界中のこどもたちに配るプレゼントは、サンタクロース財団直営の工場で作ったものだよ。こどもたちひとりひとりにあったものを、ちゃんと考えてね。
 サンタがハロッズへ行ったのは、自分の家族へのプレゼントを探すためなんだ。サンタは大家族なのさ。もちろん、いっしょに住んでいるわけじゃないけどね。引退したサンタクロースが世界中、いろんなところに住んでいるなんて、知らなかっただろう?
 いまのサンタのひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは、スコットランドの湖のそばでのんびり暮らしている。おじいちゃんとおばあちゃんは、タヒチで毎日海水浴。おとうさんとおかあさんはカナダでスキーざんまい。アフリカやニュージーランドやインドにもおじさん、おばさんがいる。タクラマカン砂漠に住んでいるいとこもいる。
 サンタクロースというものは、179歳が一応の定年なのだ。(あとがまの都合でもっとのびたり、あるいはもっとはやくやめちゃうのもいるけど) 引退したサンタは、サンタクロース財団からたっぷりの年金と、一緒にはたらいたトナカイをもらって、(ついでにお嫁さんももらったりして…)好きなところへ行って、悠悠自適の余生をたのしむわけだ。
 なになに? 一年に一晩しか働かないくせに、そんなの贅沢だって?
 いやあ、一晩だからこそ、たいへんなんじゃないか! そうだろう? たった一晩のうちに、世界中のこどもたちにプレゼントを届けるなんてこと、きみにできるかい?
 さて、ハロッズの中は、クリスマスの買い物客で大賑わい。あっちこっちに、サンタの衣装を着た店員がいて、お客を誘導したり、荷物をもってあげたりしているから、だれもここに本物のサンタがいるなんて、気がつかない。でも、そんなサンタ店員のなかの一人が、うろうろしている本物サンタを目ざとくみつけて、近寄ってきた。
「おい、おまえ新顔だな? バイトかい? ちょっとこのキャンデー、おまえにまかせるからさ、てきとうに配ってくれよ。ほら、迷子になって泣いてる子とかさ、ママが買い物に夢中でぐずってる子とかさ…。おれ、ちょっくら休憩してくるからさ…」
 そういうなり、持っていたペロペロキャンデーの束を、サンタの手に押し付けてあっという間にひとごみの中に消えてしまった。
「おい、おい…、わしをなんだと思ってるんだ?」
 サンタはキャンデーを上着のポケットにしまって、ひいおばあちゃんのための、羽根枕を探しにエスカレーターをのぼっていった。ひいおじいちゃんには釣竿。おばあちゃんにはクローブとシナモン入りの紅茶。おじいちゃんには葉巻。おかあさんにはレースのハンカチ。おとうさんにはスキー帽。それから、おじさんたちとおばさんたちといとこたち…。
全部のプレゼントが決まったら、もちろんデパートからの宅配便で送る。
「とてもじゃないけど、イブの夜に、プレゼントをいちいち届けるひまはないよ!」
 さて、12月24日の夕方、一年に一度の、サンタの大仕事の準備が始まった。ガレージから橇を出し、プレゼントでいっぱいになった大きな袋をつみこんだ。トナカイのウグとハグを連れ出そうと、トナカイ小屋へ行ったサンタは、戸口が開けっ放しになっているのに気がついた。
「おや? おかしいぞ。今朝、朝ごはんをやりに来たときには、ちゃんとカギをかけておいたのに…」
 小屋のなかはからっぽだ。
「あれ? これはなんだ?」
 トナカイ小屋の壁に、紙切れが一枚貼り付けてある。
『さんたへ 
 おまえの となかい ゆうかいした
 みのしろきん もて とろるのいわ こい
         こふりんこともれんめい』
 サンタクロースは、くすくす笑い出した。
「やれやれ、あいつら なにをはじめたんだ!」
 でも、笑ってる場合じゃない。急がないと大事な仕事に間に合わなくなる。
 サンタは雪をかきわけて、トロルの岩をめざした。雪の上には、ウグとハグの足跡がくっきりとついている。そのまわりに、たくさんの小さなあしあとがある。ゴブリンこびとのあしあとだ。
 小さいゴブリンこびとたちは、ここからずっと山奥の鉱山にもぐって、地下の宝石を掘り出すのが仕事だ。それを見張ったり取り締まっているのが、もうちょっと大きいドワーフこびと。じつは、そうやって掘り出されたたくさんの宝石が、サンタクロース財団の資金源なのだよ。
 トロルの岩の下に、二頭のトナカイの姿が見える。そのまわりで、ゴブリンこびとのこどもたちが、わいわいさわいでいる。
「おーい、おーい、ウグとハグをかえしておくれ!」
 サンタが大声で呼びかけると、ゴブリンのこどもたちはいっせいにかけよってきた。
「おまえたち、わしから 身代金なんか取ったって、しょうがないだろう? なにしろおまえたちは、宝石堀の名手なんだからね。おまえたちのポケットには、いつでも宝石がいっぱい隠してあるのを、わしが知らないとでも思うのか? ハッハッハ…」
 そうなんだ。ゴブリンたちは一日の仕事が終わると、掘り出した宝石は全部、ドワーフ小人に渡さなければいけないことになっている。でも、たいていゴブリンたちはこっそりポケットにいくつかの宝石をつっこんで、家に帰ってしまう。ドワーフこびとが、やいやい言って取り締まっても、ちっとも効き目がない。まあ、ゴブリンたちがそれで毎晩楽しく一杯やるのを、サンタクロース財団としても大目にみているのだ。第一、ドワーフこびとたちだって、財団に届ける中から、ほんのすこし(?)自分たちの分け前と称して、こっそり宝石をいただいているんだからねえ。
 大きな目玉をグリグリさせて、ゴブリンのこどもたちがさわぎたてる。中の一人が腰に手を当てて、精一杯ふんばってわめきたてた。
「おいらたち ごぶりんこどもれんめいは ようきゅうする。おいらたち くりすますぷれぜんとがほしいんだよう。ちゃんとさんたくろすからもらうぷれぜんとだよう!」
「おう、おう、そりゃそうだ。ごめんごめん、いままで一度もおまえたちにはプレゼントをとどけてなかったなあ! でも、どうしよう… 今年の分はもうすっかり荷造りしてしまったし、工場にはひとつも残ってないし、うーん、こまったこまった。そうだ、こういうときこそ わしのおまじない…キップ・ケレップ・コロロップ・ハイ!」
 そういいながら、サンタがポケットに手をつっこむと、なにやらごそごそするものがあったんだ。そう、ロンドンのハロッズのサンタ店員が押し付けていった、あのペロペロキャンデーの束だ。
「おお、いものがあったぞ! これをおまえたちにあげよう」
 サンタがポケットからとりだしたキャンデーの束は、ピンクや赤や緑や黄色のセロファンに包まれて、まるで花束のように輝いている。
「うっほー! やったぞ、すげえぞ、さくせんせいこうだ!」
 ゴブリンのこどもたちは飛び上がって喜んだ。
「じゃあ、ウグとハグをかえしてもらおうかね」
 サンタが二頭のトナカイを引っ張って帰ろうとすると、ゴブリンのこどもたちが、また駆け寄ってきた。
「さんたくろすよ、ありがとう! おいらたち、これ もっててもしょうがないから、おまえにあげる」
 そう言いながら、ポケットからキラキラした宝石を取り出した。宝石はサンタの手のひらいっぱいになった。
「おうおう、こりゃあ豪勢なもんだ! では、今晩の大仕事が終わったら、どこか静かなパブで一杯やるとするか… フフフ…」
 というわけで、無事にウグとハグを橇につないだサンタは空に飛び立った。シャンシャンシャン、シャンシャンシャン… トナカイの首の鈴が、晴れ渡った夜空に響き渡った。 
 北極の雪原に、なにかキラリと光るものが見えた。母さんグマが銀のスプーンで、コグマの耳かきをしてやっている。(きみ、去年の『サンタの落し物』は読んでるだろうね?)
「おやあ? あれは 去年の熊の親子だな。ヤッホー!」
 うれしくなったサンタはクマの親子にむかって、おもいきり手をふった。そのとたん、ゴブリンこども連盟からもらった宝石を落としてしまったのさ。
「あっ! しまった。 せっかくの飲み代が…」
 ダイヤモンド、ルビー、サファイア、トパーズ、ガーネット…。夜空に散らばったいろとりどりの宝石が、月の光を浴びてキラキラと輝いた。
「かあちゃん、あれ なんだろう? きれいだねえ!」
 母さんグマのひざに、頭をのせていたコグマが、うっとりとして空を見上げた。
「まあまあ、今夜のオーロラはいちだんときれいだこと。クリスマス・イブだからね!」

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