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サンタの落し物

佐々木 悦子 著

 インターネットショップ『フェ・マン』の店長、押田かおりさんは、たった今入ってきたばかりの注文メールを見て、びっくりしました。
『フェ・マン』は、オーダーシャツのお店です。あちこちから毎日いろいろな注文が来ます。白いシャツ、青いシャツ、縞のシャツ、チェックのシャツ、大きいシャツ、小さいシャツ…。でも、真っ赤なシャツなんてはじめてです。おまけに注文のメールには、「襟とカフスと裾を白くしてください」と書いてあります。
「いったい、こんな注文をするのは、どこのだあれ? イニシャルは…S・Cか。 お届け先は、あらまあ、遠い北の国って書いてあるだけだわ! まさか注文主は…」
 そうです。かおりさんの思ったとおり、それはサンタクロースからの注文でした。
「なに、なに? 必ず12月24日の夕方までに届けてください…だって。あら、たいへん、いそがなくちゃ」
 東京シャツ工業株式会社の工場の中は、大騒ぎになりました。
「サンタクロースから、注文がきたそうだ」
「やっぱり、サンタだから赤いシャツを着るのか」
「クリスマス・イヴまでに仕上げなきゃね」
 もちろん、ちゃんと出来上がりました。店長のかおりさんは、真っ赤なシャツを箱に詰めながら、クリスマスの朝、目が覚めると枕もとにサンタクロースからのプレゼントが置いてあった、こどものころのことを、思い出していました。
「そうだわ、今度はわたしから、サンタさんになにかプレゼントをしよう!」
 そして、小さなプレゼントの包みを、シャツの箱のすみに入れて、カードを添えました。
『サンタ・クロースさんへ メリークリスマス! いままでずっとありがとう かおり』
 さて、サンタクロースのいる遠い北の国へ出発するのそは、佐川急便のおにいさんです。宅急便のプロには、届けられないところなんてありません。12月24日の午後4時きっかりに、サンタさんの家の前に、雪で真っ白に凍りついた佐川急便のトラックが到着しました。
「お待たせしました。オーダーシャツの代金6900円と消費税、それに送料600円、合わせて7845円いただきます。ほんとはこんな遠いところは、特別料金なんですけどねえ、店長がサービスすると言っていました」
「おお、ごくろうさま。さぞかし寒かったろう。こんな雪の日に配達する苦労は、わしが一番わかってるよ。同業者みたいなもんだもの。とはいっても、わしの場合は一年に一晩だけだがね。まあ、中に入って熱いお茶でも一杯飲んで休んでいっておくれ」
 サンタさんは代金を支払って、うれしそうに箱を受け取ると、熱い紅茶の入ったポットを持ってきました。佐川急便のおにいさんは、鼻からたれさがった巨大なつららをへしおりながら言いました。
「あ、あ、ありがとうございます。では、一杯だけごちそうになります。でも、休んでいるひまはないんです。クロネコの奴に負けるわけにはいかないので…」
 佐川急便のおにいさんは、ガタガタ足踏みして震えながら急いでお茶を飲み、またトラックにのって出発していきました。
「さあて、わしも出発の準備をしなくては…」
 とどいたばかりの箱をあけると、中から真っ赤なシャツと小さな包みがでてきました。
包みについているカードを読んだサンタさんは、飛び上がりました。
「うっほー! わしにクリスマスプレゼントがきたぞ! うれしいなあ、いったいなんだろう? 早く見たいなあ…、おっと、これを開けるのは明日の朝のお楽しみにしよう。そうだ、わしの袋の一番下にいれておいて、今夜最後にわしがわしの枕もとに配るとしよう! わしだってサンタクロースからのプレゼントをもらいたいもんな、ふっふっふ…」
 それから、できたての真っ赤なシャツをいそいそ着込んで鏡の前にたちました。
「ほっほー! こりゃ、いいぞ。ぴったり、すっきり、ばっちりだ! でも、夜空を橇で走り回るには、これだけでは寒い…」
 おろしたてのシャツの上から、いつもの赤い暖かな上着を着て、準備はできました。
「さあ、出発だ!」
 はちきれそうに元気いっぱいのトナカイの引く橇は、びゅんびゅん突っ走ります。あっという間に、北半球全部のこどもたちに、プレゼントを配り終わりました。
「さて、今度は南半球にとりかかろう」
 赤道を越える前に、サンタさんは暖かな上着を脱ぐと『フェ・マン』にオーダーした真新しい真っ赤なシャツだけになりました。厚いズボンを脱ぐと下はなんと赤い短パンです。
 そうです。南半球はいまが真夏の真っ盛り。暑い、暑い…。
「ああ、気持ちいい! やっぱり綿100%のシャツはいいなあ。着心地満点じゃ。」
 そして、南半球のこどもたちにも、一人残さずプレゼントを配りました。
「やれやれ、今年も無事に仕事がおわったぞ。早くうちへ帰っておいしい紅茶でも飲もう」
 一晩中走り回ってもまだ元気なトナカイが、帰り道を突っ走ります。赤道を越えてまた
北半球にもどってきました。寒さももどってきました。
「ハッ、ハッ、ハックショーン!」
 サンタさんが猛烈なくしゃみをしました。
「おお、さむ…」
 それもそのはず、サンタさんは着心地のよい『フェ・マン』のシャツがうれしくて、ずっとシャツのままでいたのです。もう北極の上まで来ているというのに…。あわてて暖かい上着を着込んだけれど、おそすぎました。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハックショーン!」
 特大のくしゃみが一発、夜空を美しく彩っていたオーロラを吹き飛ばしました。元気なトナカイもこのくしゃみには耐え切れずに、二回、三回と空中を回転しました。サンタさんはひっくり返った橇に必死になってしがみつきました。と、そのとき、なにか小さいものがからっぽの袋の口から飛び出しました。
「わあっ! たいへんだぁ… 『フェ・マン』の店長さんからのだいじなプレゼントだ! キップ・ケレップ・コロロップ・ハイ!」
 サンタさんおとくいのおまじないをとなえました。でも、今度ばかりはおまじないも間に合わなかったようです。せっかく明日の朝のお楽しみにとっておいたクリスマスプレゼントの包みが、はるか下の北極の雪原に落ちていくところでした。
「いそいで下へおりよう!」
 サンタさんは、かたむいた橇を立て直しながら、包みの落ちたほうを目で探しました。
「おや、あれはなんだ?」
 雪の上に、白熊の親子がよりそって寝ていました。ポトンと、小さな包みがこぐまの目の前に落ちました。
「かあさん、なにかおちてきたよ」
 こぐまが包みを拾いました。赤いリボンに結ばれて小さなカードもついています。
「なんか字がかいてあるね、かあさん、よんでよ!」
 かあさんぐまはなんでも知っています。
「おやまあ、これはクリスマスプレゼントだわ。どれどれ、えーと、これはね、こうかいてあるのよ『こぐまちゃん、きみはおかあさんのいうことをちゃんときくよいこだから、プレゼントをあげます』だって」
「ほんとぉ? いったいだれがくれたのかなあ?」
「そりゃあ、サンタクロースにきまってるわよ、ほら、あそこにいるわ!」
 かあさんぐまが指さした空には、たしかに立派なトナカイに引かれた橇と、その中で丸まってくしゃみをしているサンタの姿がありました。
「わあ、サンタさん、ありがとう!」
 こぐまはすぐに包みをあけました。中から出てきたのは一本の銀のスプーンでした。
「かあさん、これは なあに?」
 かあさんぐまはなんでも知っています。
「ああ、これはね、ほら、あれよ…、つまり ぼうやの一番すきなもの…」
 そういうと、かあさんぐまはこぐまをひざに寝かせて、耳かきをはじめました。銀のスプーンを使って…。
「うわあ、きもちがいい! いつもは木の枝だけど、これでやるといたくないね!」
 銀のスプーンに月の光があたって、キラキラ光っています。こぐまはうっとりと目を閉じてかあさんぐまのひざの上で耳かきをしてもらっています。
 空の上からこのようすをじっと見ていたサンタさんは、ほっと息をつきました。
「ふーむ、そうか、こぐまがあんなに喜んでいるなら、あのままにしておいてやろう。ちょっぴり残念だけどね…。まあ、『フェ・マン』の店長のかおりさんも許してくれるだろう」
 くしゃみを連発しながら、サンタさんは心はればれと帰っていきました。

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