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★★★ 「第5回愛と夢の童話コンテスト」グランプリ受賞作品 ★★★

サキの赤い石

佐々木 悦子 著

 大むかし、まだ人間が、ほらあなに住んでいたころのお話しです。
 そのころの男たちは、石をけずって、やりやおのを作り、けものや鳥をつかまえました。
女たちは、木の実や山菜をとったり、けものの皮をなめして、ふくを作りました。
 ひとつのかぞくは おおぜいで、ひとつの大きなほらあなの中で くらしていました。
じいちゃん、ばあちゃん、とうさん、かあさん、にいさんたち、ねえさんたち、それから 
おじさんたち、おばさんたち…。みんないっしょです。
 そんなほらあなの かぞくのなかに、サキ、
という名まえの、小さな女の子がいました。 大きい人たちが、いそがしく はたらいて
いるあいだ、小さいサキは、いつもひとりであそんでいました。
 まわりには ともだちになるような、小さな子は、だれもいません。いちばん近い お
となりのほらあなでも、歩いて一日かかるのです。
 ある日のことでした。北の高い山をこえて、
見たことのない人たちが、やってきました。「ホーイ、ホーイ」
 みんな、かたに 大きなふくろを しょって、つかれたようすで、あるいて来ます。
 そのなかの 一番年よりの男が、サキのじいちゃんにいいました。
「わしらの住んでいた ほらあなが、大きなじしんで くずれてしまった。わしらは 新
しいほらあなを探しに、旅をしているのじゃ。今夜−晩だけ、ここに とめてもらえない
かの?」
「おう、おう、それは たいへんな目にあいなさったな。さあ、にもつを おろして、ゆっ
くり休みなされ」
 旅の人たちは、喜んで ほらあなの中に はいっていきました。
 そのとき サキは、そのなかに 自分と同じくらいの 女の子がいるのに 気がつきま
した。
 その子も、サキに気がつきました。
 ふたりは じっと 見つめあいました。
「おらは、クニっていうんだ」
 その子が、大きな声でいいました。
 サキはドキドキして、小さな声でいいました。
「おら、サキだ」
 クニが近よってきて、にっこりわらいました。サキより すこし背が高い子です。
「サキ、あそぼか?」
 サキは もっとドキドキして、でも、うれしくて まっかになって、いいました。
「うん、あそぼ!」
 クニが 走りだしました。
「川で、石なげ しよ!」
 サキも、走りだしました。
「うん、石なげ しよ!」
 クニのなげた石は、水面を切って遠くまで飛びました。
 サキのなげた石は、すぐにポチャンと沈んでしまいます。
「こうやってみな!」
 クニが サキの手を取って、おしえました。
「あっ! とんだ! とんだよ!」
 今度はサキの石も、遠くまで飛びました。「森で、のいちご たべよか?」
 クニが また 走りだします。
「うん、のいちご たべよ!」
 サキも あとを 追います。
 森の中には、まっかなあまい のいちごが、
いっぱいなっていました。
 クニは、サキが とどかないところの のいちごを たくさん とってくれました。
 ふたりとも 口がまっかになりました。
「アハハハ……」
「ウフフフ……」
 ふたりは かおを 見あわせて、わらいました。
 クニが、サキの手をとって、走りだしました。
「ツメクサのはな、とろか?」
 走りながら、クニが 大きな声で いいました。
「うん、ツメクサのはな とろ!」
 こたえながら、サキは クニの手を、ギュッとにぎりしめました。
 クニも、サキの手を ギュッとにぎりかえしました。
 サキにとって、生まれてはじめての友だちでした。はじめて、友だちと手をつなぎまし
た。はじめて、友だちと手をつないで、走っているのです。
 サキの心は、ポンポンはずんで、空まで飛びあがれそうでした。
 野はらには、まっ白なツメクサの花が、いっぱい さいています。ふたりは むかいあっ
て、野はらに すわりました。
 クニが、長い花輪を作って、サキのかたにかけました。
「サキに これ、あげる!」
 サキも 小さい花輪を作って、クニの頭にのせました。
「これ、クニにあげる!」
 暑い日だったので、ふたりとも 鹿のなめしがわの パンツだけでした。よく日に焼け
た、ちゃいろの体に、ちっちゃな桃色のおっぱいが、くっついています。
 クニが、急にゆびをのばして、サキのおっぱいを つっつきました。
「フフフフ…」
 サキは、からだを よじって わらいました。それから、そっとゆびをのばして、クニ
のおっぱいを ゆっくり つっつきました。「クックックッ…」
 そして ふたりは、野はらにひっくりかえって、おもいっきり わらいました。
「アハハハハ…」
「ウフフフフ…」
 サキの目に、はじけそうにかがやいているおひさまが、とびこんできました。こんなに
楽しい気持ちになったのは、はじめてでした。 すると、きゅうに むねがキューンとい
たくなって、びっくりして 手でおさえました。「どした? そこ、いたいのか?」
 クニが しんぱいそうに たずねました。「うん、いたい。ここが キューンとなった。
きっと、おらが、うんと うれしいからだ」 サキが、わらいながら いいました。
「そうだなあ。おらも そういうことある」 クニも、えがおで いいました。
「でもな…、うんと かなしいときも そこんとこが キューンといたくなるぞ」
 きゅうに、クニが まじめなかおになって、
おきあがると、ひざをかかえて いいました。
「おらの おとうとの ユタは、まだ ちっちゃくてな、いつも おらの あとを、ヨチ
ヨチついて あるいてた。かわいいやつだった。でもな、あの大じしんのとき、でっかい
岩の したじきになって、しんじまったんだ」 クニの目から、ポロポロと なみだが こ
ぼれおちました。
「そのあと、おら、ずっと ここが キューンといたかった」
 そう言って、クニは おっぱいの あいだを そっと おさえました。
「そしたらな、ばあちゃんが おらに こういったんだ。『そこんとこは、だいじな もの
が、でたり はいったり するたびに、キューンとなるもんだよ』ってな。そいでな、ば
あちゃんの 宝ものの中から、いちばんきれいな 赤い石を おらにくれたんだ。それは
な、おらが、ずっとまえっから ほしがってた石なんだ」
 クニは、手のひらで、グイッと目をこすりました。
「ばあちゃんが、おらのこと よろこばそうと思って、くれたんだなあ。そしたらな、こ
んどは ここんとこが、うれしくって キューンってなったぞ。きっと、ばあちゃんの き
もちが、ここんとこに はいってきたんだなあ…」
 サキは、クニの話しを聞いているうちに、なみだが あふれてきて、そっと 手でぬぐ
いました。
 そんな サキの 顔を見たクニが、あわてていいました。
「サキ、おまえが なくことはないよ。おまえが こんなかなしい目に あわないように、
まじないしてやる」
 クニは、サキのひたいに 指をあてると、くるくると丸を三つかきました。それから、
げんきよく いいました。
「さあ、こんどは かけっこ しよ!」
 クニとサキは また走りだしました。
 ふたりは 日がくれるまで、いっしょにあそびました。
 夜になると、旅の人たちを もてなすための えんかいが はじまりました。
 サキのじいちゃんが、クニのじいちゃんを、
一番よい席にすわらせて、お祭りのときのように、たくさんのごちそうをだしました。
 塩づけの鹿の肉。くんせいのサケ。野ブタの丸焼き。やまどりの蒸し焼き。つってきた
ばかりの川魚。いもの粉をねって焼いたパン。香りのよい山菜。たくさんの木の実やキノ
コ。それに、野ぶどうの酒。山いもの酒。
 おとなたちは たきびを囲んで、ごちそうを食べ、酒を飲み、おしゃべりをしています。
でも、サキとクニは、ごちそうでおなかがいっぱいになると、さきに ねかされることに
なりました。
 ほらあなの中で、一枚の大きなクマの毛皮に、ふたりはいっしょに くるまりました。
「サキ! あったかいね?」
「うん、あったかいね、クニ!」
 そして、ふたりは 体をモゾモゾくっつけあって、クスクスわらいました。
 やわらかな ねむけの中で、サキが 小さな声でいいました。
「クニが ずっと ここにいられたら いいなあ…」
 もう、半分ねむっていたクニがいいました。
「サキが…… おらと いっしょに…… くればいいんだ…」
 翌朝早く、旅の人たちは、出発しました。「あたたかいもてなしを、ありがとう。おかげ
でみんな、すっかり元気になりましたわい。このほらあなに、いつまでも、大地のめぐみ
があらんことを!」
 クニのじいちゃんが、お礼のあいさつをしました。
「なんの、なんの、こまった時はおたがいさまじゃ。一日もはやく、あたらしき良きほら
あなに、めぐりあえるよう。そして、道中のご無事を、祈りましょうぞ」
 サキのじいちゃんが、しらかばの枝で、地面にまじないのしるしを書きました。
 サキとクニは、朝からずっと、だまりこくったままでした。
 いよいよ出発というとき、クニが、みょうなしかめっつらで、サキのまえに立ちました。
「サキ…、じゃあ…、これで、さよならだなあ…」
 おしだすような声で、クニがいいました。 サキは、下をむいたまま、なにも言えませ
ん。
 生まれてはじめてのともだち。たのしかった一日。たった一晩でおわかれだ。もう、二
度と、クニには あえないだろう…。
 キューンと、むねがいたくなってきました。
 サキが、おっぱいのあいだを、両手でおさえていると、クニが小さな声でいいました。
「サキ…、そこんとこ、いたいのか?」
 サキは、だまってうなずきました。おおつぶのなみだが ポロポロこぼれてきました。
「おらだってさ…」
 クニは、ジュンと鼻をすすると、急に腰のかわぶくろの中から なにか小さいものを 取
り出しました。
 そして、それを だまって サキの手におしつけると、あともふりむかずに、どんどん
かけだして 行ってしまいました。
 サキの手のひらに、小さな赤い石がひとつ、
のっていました。
 あとから、あとから、こぼれてくるなみだにぬれて、その赤い石は、キラキラ輝きまし
た。
 サキのむねが、もっともっと キューンとなって、どんどん あつくなりました。
(ああ、いま、ここんとこに クニのきもちが はいってきたんだ…)
 サキは、赤い石をにぎりしめて、小さいおっぱいのあいだに、ギュッとおしつけました。
そして、どんどん とおくなっていく クニの せなかにむかって、せいいっぱい こえ
を はりあげて、さけびました。
「クニー! おらたち、ともだちだなあー!ずーっと、ずーっと、いつまでもなあー!」

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