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ローズ姫の一生

佐々木 悦子 著

 中学生のさなえさんが、友達から誕生日プ
レゼントをもらいました。バラの花のかたち
をした、せっけんです。すきとおったピンク
の花びらが、一枚、一枚、生きているように
輝いています。ふわんとやわらな香りがしま
す。せっけんに、カードが添えられていまし
た。

 『わたしは フランス生れの
  プリンセス・ローズ
  あなたに ささやかなしあわせを
  はこんできました』

 洗面台のせっけん入れに、バラの花のせっ
けんが、のせられると、それだけで、洗面所
がぱっと明るくなりました。
 さなえさんは、せっけんを、あまりぬらさ
ないように気をつけながら、静かに手を洗っ
てみました。ほのかに、バラのかおりが漂い
ます。
「うん、しあわせ、しあわせ……」
 さなえさんは、満足そうにつぶやきながら、
洗面所を出ていきました。
 「みなさん、こんにちは、わたし、プリン
  セス・ローズよ。つまり、ローズ姫、フ
  ランス生れなの」
 バラの花のせっけんが、いいました。
 洗面所の中は、しんとしています。歯ブラ
シも、コップも、タオルも、それから、大き
な洗濯せっけんも、みんな、あんまりびっく
りしてしまって、声もでません。
「あら、どなたも、お返事してくださらない
 のね? ずいぶん失礼なひとたちね!」
 大きな洗濯せっけんが、もじもじしながら、
しわがれ声でいいました。
「い、いやあ、わしら、あの、その、あんた
 みたいなひと、はじめてみたから、たまげ
 ちゃってね……」
 バラの花のせっけんは、洗濯せっけんのほ
うをふりむくと、みぶるいして、叫びました。
「まあ!なんて、下品なにおい! わたしに
 ちかよらないでよ!」
 バラの花のせっけんは、つんとすまして、
窓のほうをみあげると、それきり口を閉じて
しまいました。
 歯ブラシと、コップと、タオルが、くすく
すわらいました。

 さなえさんが、いくら気をつけて使っても、
せっけんというものは、とけていくものです。
 何日かたつと、バラの花のせっけんは、
花びらがすりへってきて、ピンク色もくすん
できました。香りも弱くなってきました。
 はじめは、あんなにいせいよく気取ってい
た、バラの花のせっけんですが、このごろは
元気がありません。ときどき、こっそり、た
めいきをもらすことがあります。
 ある日のことでした。さなえさんのお兄さ
んの、ひろしくんが、洗面所に飛び込んでく
るなり、じゃぶじゃぶ顔を洗いはじめました。
高校のサッカー部の部活から、汗びっしょり
で、帰ってきたところでした。
 ひろしくんは、バラの花のせっけんを手に
取ると、おもいっきり、ごしごし顔にこすり
つけました。
「おっ! けっこういいにおいするじゃん」
 そういいながら、二度、三度と、せっけん
を泡立てて、念入りに顔を洗いました。
「ああ、さっぱりした! これで、少しは
 ニキビがへるかな!」
 ひろしくんは、ぽんと、せっけん入れに投
げ入れました。ぺたんこにへしゃげた、うす
ももいろの、せっけんのかたまりを……。
 ひろしくんが、出ていったとたん、バラの
花のせっけんが、わっと泣きだしました。
「もう、だめだわ! こんなにみっともなく
 なっちゃって…… みなさん、さぞかし、
 わたしのこと、ばかにして、おわらいにな
 るでしょうね……」
 しばらくの間、洗面所のなかには、バラの
花のせっけんの、泣きじゃくる声だけが、ひ
びいていました。
 やがて、泣き声がだんだんおさまってきた
とき、大きな洗濯せっけんが、低い静かな声
でいいました。
「わしは、あんたのことを、ばかになんかし
 とらんよ。あんたを、わらったりなんかし
 ないよ。あんたは、いまも、とってもきれ
 いだ」
 バラの花のせっけんは、だまって体をふる
わせていました。
 翌日、さなえさんの手の中で、最後の泡に
なって、消えていくとき、バラの花のせっけ
んは、せいいっぱい声をはりあげて、洗濯せ
っけんにいいました。
「ありがとう! わたし、ほんとに、ばかだっ
たわ。どうか、わたしをゆるしてください」

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