トップ > 文章 > 悦子おばさんの童話館
 
ラクダごっこ

佐々木 悦子 著

「海子! そりゃあ、なんだ? まるで ウサギのウンコだぞ!」
 友枝がわらいながらいった。
「ほんとだあ!」
 由加も、横からのぞきこんでわらった。
「アハハ、ワシのチョコは、ウサギのウンコじゃあ!」
 海子も、大声でわらった。
 明日は二月十四日。三人は、友枝の家の台所で、手をベタベタにして、バレンタイン・チョコを作っているところだった。
 六年生の友枝と、五年生の由加のチョコは、かっこいいハート型だ。でも、一年生の海子のチョコは、コロンと丸いウサギのウンコのような形になってしまった。あんなに一生懸命に作ったのに・・・。
 友枝が慰めるようにいった。
「ま、いっさ。チョコはチョコ。うまいことにかわりはないもんな」
「海子、そのチョコ、だれにやるんじゃ?」
由加が、海子のわき腹をつっつく。
「だれだって、いいじゃろが!」
海子もまけずに、由加のおしりをひっぱたく。
友枝がわりこんできた。
「ワシは、ノブとタカと、アキラにやる。でも、木田マコトになんかやらんぞ」
「そうじゃ、あんな暗いやつ!」
 由加は、なんでも友枝に賛成する。
 出来たばかりのチョコを、不器用な手つきで包んでいた海子が、きっぱりといった。
「ワシ、これ、マコトあんちゃんにやる」
 友枝と由加は、あきれたように顔を見合わせて、大爆笑した。
「マジかよ!」
「おまえって、ホント、へんな子じゃあ!」
 わらわれるのは、なれっこだ。海子は元気よく言い返す。
「ワシャ、どこもへんでないわい」

木田真(マコト)が、この砂丘のある町の小学校に転校してきたのは、三学期になってからだった。はじめて学校に来た日、真はみんなの前で、おこったような顔でいった。
「ぼくは、ひとりでいるのがすきなんです。だから、ぼくのことをかまわないでください」
 みんな、びっくりしてだまっていた。こんな子、はじめてだった。
 この小学校には、児童が六人しかいない。だから、一年から六年まで、同じ教室で勉強する。六年生の真は、友枝と並ぶことになった。そのとなりに、五年生の由加。そのうしろには、四年の信夫と高志。三年の明。三列目に一年の海子がひとりで座る。
 真の最初のあいさつを、みんなはすなおに受け取った。だれも真に話しかけない。だれも真に近づかない。海子は遠くから真をながめて、いつも思った。
(あのあんちゃんは、トラックにのせられるウシたちと、おんなじ目をしとる。
なんで、あんなにかなしい目をしとるんじゃ? ワシ、あのあんちゃんが、かわいそうでなんねえ)

 海子のとうちゃんは、ウシを飼っている。子牛を生ませて、だいじに育てて、うんと太らせたら、牛市場に出して売るんだ。
 海子はウシがだいすきだ。生まれたばっかりのびしょぬれの子牛が、足をふんばってヒョロヒョロ立ち上がるのを見ると、胸がいっぱいになる。そんな海子を見て、とうちゃんはいつもいう。
「あとがつらいからな、あんまりかわいがるなよ」
 でも、海子はこっそり子牛に名前をつけて、かわいがった。だから、とうちゃんのいうとおり、あとがつらい。
 牛市場へ出す日、トラックに乗せられるウシはみな、かなしそうに海子のほうを見る。その目が、海子の胸をつきさした。
「ごめんな。ゆるしてくれな。おまえのことは、ワシ、一生わすれないぞ」
 かなしくてたまらないとき、海子は砂丘にいく。海子だけの『ウシごっこ』をするんだ。 
砂丘のてっぺんにのぼって、いなくなったウシたちの名前を、大声で呼ぶ。
すると、海のむこうから、ゴロもイチも、モクもナナも、みんなうれしそうに走ってくる。
 海子もウシになって走る。みんなで走る。砂丘をかけのぼり、ころげおち、腹のそこからわらう。みんないっしょだあ! いつまでも、いつまでも!
 大声をあげて、砂丘をかけまわる海子は、だから、みんなから「ちょっとへんな子」っていわれてる。

 夕方の砂丘に、真はひとりで座っていた。そっと、息を吸ってみる。やっぱり痛い。
真はふっと思い出した。息をするたびに、胸の奥に痛みを感じるようになったのは、あのときからだ。ラクダのモームを失った、あの日からだ。
真が小学校に入学した晩、ママがベッドの横に来ていった。
「まこと、今日から一年生なんだから、この古い毛布はやめようね。いくら上等のラクダの毛布でも、もうボロボロでみっともないでしょ?」
 パパもやってきた。
「いつまで、こんな汚らしい毛布に、しがみついてるんだ! 今夜からは、これなしでねるんだぞ」
 そして、真のだいじな毛布をひったくって、捨ててしまった。
 赤ちゃん用の小さなやわらかい茶色の毛布。
あれは、ただの毛布じゃなかったんだ。
夜、真がベッドにはいって、おなかに抱きしめると、それは、ほんものの小さなラクダになったんだ。そして、黒い大きなやさしい目で、じっと真を見つめていた。真はそのラクダに、名前をつけた。
「モーム!」と呼ぶと、小さなラクダは、茶色のはなづらをクイクイ押しつけてくる。それは、とってもくすぐったくて、とってもあたたかだった。
 古い毛布を捨てたパパとママは、これでさっぱりしたと喜んだ。でも、真の心と体は、そのときから、おかしくなりはじめた。
 息を吸い込むたびに、胸が痛くなる。体のあちこちが痛くなる。そのうち、真はパパやママと口をきかなくなった。友だちとも、話さなくなった。自分の部屋に引きこもるようになった。そして、六年になったときには、学校にも行かなくなっていた。
 この町にいるおじさんが、正月に真をよんでくれたとき、はじめてこの砂丘にきた。ここに座って海を見ていると、なぜか、ほっとする。おじさんのすすめで、真は三学期からこの町の小学校に転校することになった。

冷たい海風が、足元から吹き上げてくる。真は立ち上がって、コートのポケットに手をつっこんだ。なにかカシャカシャするものがある。ああ、あの一年生のへんな女の子がくれたバレンタインチョコだ。なんともかっこうの悪いチョコだ。
真はポケットからセロファンの包みを取り出すと、靴の先で砂を掘り起こした。その穴のなかに、ポトンとチョコの包みを落とすと、また、つま先で砂をかけた。
なんだか、まわりがザワザワする。目をあげると、真のまわりを、たくさんのウシがとりかこんでいる。怒ったようにうなりながら真のほうへ、じわじわせまってくる。
そのとき、一頭の小さなウシが前にでてきて、真の足元の砂を、前足でほり始めた。
「あんちゃん、なんでこんなことするんじゃ! ひとが、いっしょうけんめいに作ったものを捨てたりしたら、バチがあたるぞお」
 真の目の前に、海子が立っている。砂にまみれたチョコの包みを、真のほうへさしだした。まわりのウシたちは、もう消えていた。
「おまえ・・・、いま、ウシだったのか?」
「そうじゃあ。ワシ、いまウシごっこしてたんだ。あんちゃんも、ウシになるか? ウシになって走れば、たのしいぞぉ!」
「そ、そんなもん、なりたくない」
「ふうん、あんちゃんは、やっぱり、あんちゃんのまんまかぁ・・・」
 じっと、見上げる海子の黒い目は、ラクダのモームの目にそっくりだった。
真のなかで、なにかがバーンと爆発した。
「ぼくは、ぼくは、ラクダになりたい! でも、そんなこと、できっこない。ムリだ」
「できるよ! あんちゃん、ワシが作ったチョコを食べてみろ! あのチョコの作り方の紙に書いてあったんだ。『心をこめてつくったチョコは、きっとあなたのねがいをかなえてくれるでしょう』ってな。ワシ、ほんとにアンちゃんのためにこころをこめて作ったんだぞ! あんちゃんが、ほんとにラクダになりたいなら、ワシ、そうねがうよ!」
 真は小さな海子のいうなりになった。コロンと丸いチョコは、かすかに苦くて甘かった。

砂丘の上に、一頭のラクダが立っていた。
「ほうれ、あんちゃんはりっぱなラクダじゃあ! これで、ラクダごっこできるぞぉ!」
 ラクダになった真は、海に向かって、思い切り大声を出した。
「モーム! モーム!」
 真っ赤な太陽が沈んでいく海のほうから、一頭の小さなラクダが走ってきた。
 真のひづめが、勢いよく砂地をけった。全身に力が湧いてくるのを感じながら、真は砂丘をかけおりた。
「モーム、あいたかったよ!」
 小さなラクダは、茶色のはなづらをすり寄せながら、静かにいった。
「モームはいつでも、まことのそばにいるんだよ。ただ、わすれないで呼んでくれればよかったんだ」

トップ > 文章 > 悦子おばさんの童話館 悦子おばさんへ
メール
 
悦子おばさんの童話館 Copyright(c)1999 by Etsuko Sasaki. All rights reserved.