「ご町内のみなさ〜ん!
こちらは、お話修理屋でございま〜す!
どうしても最後を思い出せないお話はありませんかあ?
主人公の名前を忘れちゃったお話はありませんかあ?
どんなお話でも、たちまち修理してさしあげま〜す!
世界中のお話を、全部そろえている、お話修理屋でございま〜す!」
大きな声でよびかけながら、静かな町の中を歩いているおじいさんがいました。真っ白な長い髪、真っ白な長いひげ、背中の大きなリュック、破れたブーツ。どれもみな、ほこりだらけ。遠いところから、ずっと旅をしてきたひとなのでしょう。
「あのね、おじいさん、『悪魔の子猫』のお話なんだけど…」
小さな女の子が、横丁から走ってきました。
「悪魔の大事な子猫が迷子になって、教会へ入り込んだとき、困った悪魔が唱えたすてきな呪文を忘れちゃったの。おじいさん、おしえて!」
おじいさんは、大きなリュックを開けました。そして、中から分厚いノートを取り出すと、パラパラめくりました。
「おお、あったぞ、あったぞ…『悪魔の子猫』だね…、わかったぞ! 悪魔の呪文はね、ドボンザ・ムボンザ・ダリガリギーだよ」
「まあ、そうだったわ! そのとおりよ! ありがとう、おじいさん」
女の子は、よろこんで帰っていきました。
むこうのほうで、バルコニーから身をのりだして、おじいさんを呼んでいるひとがいます。きれいな娘さんです。
「おじいさん、ちょっとお願いがあるの。『アニーの喜び』っていうお話を、ちょっとアタシ好みに変えてもらえないかしら?」
「ほう、どうしてかね?」
「アタシ、アニーとジョニーのハッピーエンドなんて、ちっともおもしろくないわ! ひとが、こんなに落ち込んでるってときに…」
この娘さんは、いま、失恋中だったのです。
「ふーむ、そうなると、題名も、お話も、書きかえなきゃならんねえ…」
おじいさんは、ちょっと困った顔をしていましたが、相手がきれいな娘さんなので、ムリな注文でも、きいてあげることにしました。
そして、リュックのなかのノートを出すと、『アニーの喜び』を『アニーの悲しみ』になおして、お話の最後のほうも、こちょこちょと書き変えてしまいました。
「では、これなら気に入るかね? 『…ところが、婚礼の夜、ジョニーは鼻の頭を大スズメバチにブスリと刺され、死んでしまいました。アニーは夜ごと泣きとおして、ついに涙とともに、夜露になって消えてしまいました。おしまい』ってのは、どうだね?」
「まあ、すてき! とってもいい気分だわ」
娘さんは、大満足です。
町の広場に噴水がありました。おじいさんがリュックをおろして休んでいると、そこへ、ひとりのおばあさんがやってきました。
「わたしのお話を聞いてもらえますか? わたしはこのお話を途中までしか知らないのです。その先を、教えてください」
「ほほう、どんなお話でしょう?」
おばあさんは、お話修理屋さんのとなりにすわって、話し出しました。
「むかしむかし、ゼッダという名の少女と、オルノーという名の少年がいました。オルノーはお話を聞かせるのがとてもじょうずで、ゼッダはいつも喜んで聞いていました」
お話修理屋さんが、ビクッとしておばあさんの顔を見つめました。
「ある日、ゼッダが『いままで聞いたお話は全部すてきだったわ。でも、もっとわたしを喜ばせる言葉を言ってちょうだい!』とオルノーに言いました。それを聞いたオルノーは立ち上がると、黙って旅に出てしまいました。ゼッダはそれから、何年も何年も、オルノーの帰りを待っていました」
おばあさんは、深いため息をつきました。
「このお話には、いったい、どんな続きがあるのでしょう?」
「そのお話のつづきは、こうなんです…」
お話修理屋さんは、うなだれて言いました。
「オルノーは、ゼッダを喜ばせるお話を探して、世界中を歩きました。でも、これなら絶対にゼッダが喜ぶというお話を見つけることができなかったのです。しかし、年老いたオルノーは、一目愛するゼッダに会いたくて、すごすごと故郷に帰ってきたのです」
おばあさんは、うれしそうに笑いながら、お話修理屋さんを抱きしめて、言いました。
「まあ、オルノーは、いま、どんなお話よりも、ゼッダを喜ばせる言葉を言いましたよ!『愛するゼッダ』ってね。ゼッダはその一言を、ずっと、ずっと、待っていたんです!」
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