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★★★ 第16回リブラン創作童話「こころの小箱」優秀賞 ★★★

ハネダさんのぼうし

佐々木 悦子 著

   いつでも どこでも
   あなたと いっしょ
   ぼうしは あなたの
   おともだち
 町かどに、こんな かんばんを出している 小さなぼうし屋が ありました。
 ガッタン! ガタガタ バッタン!
 らんぼうに戸があいて、お客がひとり はいってきました。
 この町で一番お金持ちの ハネダさんです。
「いらっしゃい! どうぞごらんください」
 ぼうし屋の主人が、にこにこむかえます。
 ハネダさんは ひたいに しわをよせて、むっつりと お店の中を見まわしました。
 一番上のたなは、ピンクや水色の かわいい赤ちゃん用のぼうし。
 二段目は、ブーケのついたつばの広い おしゃれな奥様用のぼうし。
 三段目は 野球帽に登山帽、麦わら帽。
「ふん、ろくな ぼうしは ないな!」
 ハネダさんが ほしいのは、えらそうに見える ぼうしでした。
 町のひとたちが 自分のことを わらいものにしているのを、とても気にしていたのです。
「おい、あれを 見せろ!」
 急に ハネダさんが ゆびさしました。
 奥のたなに、大きな山高帽が ありました。黒くて、こんもりとふくらんだぼうしです。
「はいはい、こちらでございますか?」
 かぶってみると、ぴったりです。
「うむ、どうだ?」
 ハネダさんは、鏡をのぞいてみました。
 そこには いつもより ずっと えらそうな ハネダさんが、こちらをにらんでいます。
「はいはい、とても おにあいで…」
「よし、これにきめた。さっそく このまま かぶっていこう。代金はいくらだね?」
 ハネダさんは むねのポケットから ずっしりとふくらんださいふを とりだします。
「じつは これは特別なぼうしでして…ちょっとお高いのです。百万円でございます」
「なんだって? 百万円だと!」
「はい、これは『しゃべるぼうし』なんでございますよ。気がむくと、いろいろと おしゃべりをする、楽しいぼうしでございます」
「そんな ばかなことが あるもんか!」
「うそじゃありませんよ。もしも、このぼうしが しゃべらないようなことがあったら、お金を二ばいにしてお返しいたします」
 ハネダさんは にやりとわらいました。
(これは うまいもうけばなしだぞ!)
 そして、さいふの中から 一万円札を 百枚取りだしながら いいました。
「よし、百万円はらおう。だが、もし このぼうしが しゃべらなかったら ほんとに二百万円を返してもらうぞ!」
「よろしゅうございますとも。ですが、そのぼうしは ちと 気むずかしいところが ございましてね、いろいろと 気をつけないとしゃべらないのです。まず第一にですね…」
 ガッタン! ガタガタ バッタン!
 ハネダさんは らんぼうに戸をあけて、さっさと 出ていってしまいました。
「あらまあ…、なんてひとだ!」
 ぼうし屋の主人は、両手を広げて かたをすくめました。

 まあたらしい山高帽をかぶった ハネダさんが、とくいそうに道をあるいていきます。
ところが、町のひとたちは ハネダさんとぼうしを見ると、みんな クスクスわらいます。
 ハネダさんは はらをたてて、ぼうしにむかって どなりました。
「おい、おまえのことを みんなが わらってるぞ! くやしかったら なんとか いってみろ!」
 でも、黒い山高帽は なにもいいません。

 ガッタン! ガタガタ バッタン!
 ぼうし屋の戸が らんぼうにひらきました。
「おい、このぼうしは なにもしゃべらないぞ。やくそくどおり、二百万円かえしてくれ」
 主人が くびをかしげて いいました。
「そんなはずはないんですがね… お客様、まさか このぼうしにむかって、いきなり どなったりしたんじゃないでしょうね?」
「むむっ…」
「このぼうしは とても こわがりやなのでございますよ。やさしく話しかけてやらなければいけません。それから…」
 ガッタン! ガタガタ バッタン!
 ハネダさんは もう おもてへ とびだしていました。
「あらまあ…、なんてひとだ!」
 
 プンプンはらを たてながら、ハネダさんが あるいていると、むこうから 市長さんがやってきました。
「これはこれは お金持ちのハネダさん、なんとごりっぱなお帽子でございましょう」
 市長さんが ペコペコ頭をさげます。
 ハネダさんは たちまち ごきげんです。 
ぼうしをぬいで 市長さんの鼻先に つきつけると、とくいそうに いいました。 
「これは 百万円で買った しゃべるぼうしなんだ」
 そして せいいっぱいの ねこなでごえでぼうしにいいました。
「さあさあ ぼうし、市長さんに ちゃんとごあいさつをしなさい」
 でも、りっぱな山高帽はなにもいいません。

 ガッタン! ガタガタ バッタン!
「おい! こんどこそ 二百万円、かえしてもらうぞ。こいつは なにもしゃべらないし、おれは とんだはじを かかされた!」
 ハネダさんが わめきたてています。
「まさか お客様、いきなり 知らない人につきつけて、あいさつしろなんて いったんじゃないでしょうね?」
「むむむっ……」
「いけませんね、そんなことをしては! このぼうしは とっても 人見知りをするやつなんでございますよ、ですから…」
 ガッタン! ガタガタ バッタン!
「あらまあ…、なんてひとだ!」

 ハネダさんは 家に帰ると、ポンと テーブルの上に ぼうしを ほうりなげました。
「さあ、ここなら だれも いない。安心して なにか しゃべってみろよ」
 でも、いくらまっても ぼうしは なにもいいません。まちくたびれた ハネダさんは、ベッドにもぐりこんで ねてしまいました。

 ガッタン! ガタガタ バッタン!
「ひとばんじゅう ひとりに しておいてやったのに、こいつは しゃべらなかったぞ!」
「ひとばんじゅう ひとりぼっち? なんてことを! このぼうしは とっても さびし
がりやなんですよ! よる ねるときは いっしょに ベッドに いれてやらなくては。
おっと お客様、ちょっと お待ちを!」
 飛び出そうとしたハネダさんを ぼうし屋の主人が、しっかりと つかまえました。
「ところで お客様は、こいつ こいつと おっしゃるが、なぜ ちゃんと 名前をよんでやらないのです?」
「なにぃ? 名前だって?」
「まさか お客様、このぼうしに まだ 名前をつけてやってないのですか? それじゃあ、おしゃべりなんか するわけがない…。まったく なんというひとだ!」

 その夜、ハネダさんは ベッドにはいっても なかなかねむれません。
(ぼうしの名前かぁ…、ぼうさん、ぼうくん、はっとくん、はっとちゃん、うーん…)
「そうだ、はっちゃんだ! はっちゃんがいい! はっちゃんにきめた!」
 ハネダさんは、山高帽を ふとんの中にひきずりこむと、こっそり つぶやきました。
「…はっちゃん…、おやすみ」
 すると 黒い大きな山高帽が ひくいしずかな声で いいました。
「おやすみ、ハッチャン」
 ハネダさんは、はっとしました。むかし、なんども 聞いたことのある声に にていました。
(あっ! おとうさんの声だ)
 そうです。ハネダさんの名前はハネダハチオ。こどものころは、みんなから ハッチャン、ハッチャンとよばれていたものです。
 ハネダさんは 山高帽を ぐっとからだにおしあてました。すると、ぼうしの やわらかいあたたかさが ハネダさんの おなかの中まで しみとおってきました。
 よくあさ、目がさめたとたん ハネダさんは わくわくして さけびました。
「はっちゃん、おはよう!」
 すると ふとんの中から やさしくしずかな声が きこえました。
「おはよう、ハッチャン」
 それは まるで、 むかし 毎朝おこしてくれた おかあさんの声のようでした。
 ひとばんじゅう、ハネダさんの ふとんのなかで もみくちゃになって、りっぱな山高帽は みるかげもなく つぶれています。
 でも、ハネダさんは くちゃくちゃの山高帽をかぶると、うれしそうに いいました。
「さあ、はっちゃん、でかけようぜ!」
 すると、山高帽も元気よく いいました。
「よーし ハッチャン、いっしょにいこう!」
 それは むかし なかよくあそんだ ともだちの声に そっくりでした。

 いまでは ハネダさんが ぺったんこにつぶれた ぼうしを かぶって、にこにこして あるいていると、町のひとたちも みんな にこにこして 声をかけます。
「ハネダさん、すてきな ぼうしですね!」

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