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ゴローさんの日曜日

佐々木 悦子 著

 さわやかな日曜日の朝でした。
 ゴローさんが、のんびりと新聞を開くと、
パラリと広告が一枚、床に落ちました。

 日曜日の朝だけの
おしゃれなパンはいかが?
 日曜日の朝だけの
タイムサービスをどうぞ! 

 明るい窓辺に、朝食のテーブルが用意され、
焼き立てのパンがいっぱい、籠にもられてい
る、パン屋の広告でした。
「ほう、うまそうだな…でも、日曜日の朝は、
自分でパンを焼いてこそ、日曜日の朝になる
んだよ! ようし、この広告よりもずっと素
敵な、日曜日の朝の食卓を、作ってみせる
ぞ!」
 ゴローさんは、さっそくパンを作り始めま
した。
 パンの酵母をふやかしてから、小麦粉をこ
ねて、バターを加え、大好きなレーズンをた
っぷりいれました。それから、じっくりと醗
酵させなければなりません。
パン種が、ふくらんでくるのを待ちながら、
ゴローさんはラバラバ・ミュージックを聴き、
J・F・オルドンの推理小説を読みました。
パン種が、年頃の女の子のオッパイみたい
に、やわらかくまあるくなって、あまずっぱ
い匂いがただよってきたら、暖めたオーブン
にいれて、焼きはじめます。
パンが焼きあがるまで、今度はアリス・パ
シェラの歌声に耳を傾け、S・ホーガンの恋
愛小説を読みました。
やがて、パンの焼ける香ばしい匂いが、部
屋中にただよってきました。
「これこれ、これこそが、日曜日の朝のにお
いなんだよ!」
ゴローさんは、いそいそと、焼き立てのパ
ンを籠にもって、台所の食卓にのせました。
壁のハト時計が、ポポッ、ポポッ、…と、
12回なりました。
「やれやれ、お昼になっちゃったよ!」
さあ、焼き立てのレーズンパンを食べよう
と、手に取ったゴローさんは、ふと、頭をか
しげました。
「いや、待てよ…、ちょっと違うなあ?」
さっきのパン屋の広告を取り出して、しげ
しげと眺めました。
「うーん、そうか、ぼくの食卓には花がない
んだ!」
ゴローさんは部屋を飛び出して花屋へ走り、
ピンクのバラと白いかすみ草を買ってきまし
た。
戸棚の奥から、ガラスの花瓶を取り出して
花を入れ、パンの籠の横に置きました。
「さあ、これでいいだろう…」
いそいそと椅子に座りながら、もう一度パ
ン屋の広告に目をやったゴローさんは、また
もや、首をかしげました。
「まてまて、まだどこか、ぼくの食卓のほう
が、見劣りするんだよなあ…」
しばらく考え込んでいたゴローさんは、い
きなりパッと外に飛び出して行きました。
今度は日曜大工の店へ駆け込み、何枚もの
板と釘と、ペンキの缶と刷毛と、真っ白なレ
ースのカーテンを買い込んできました。
それから大汗かきかき、何時間もベランダ
で大工仕事に励みました。
「ヤッホー! できたぞ、できたぞ!」
ゴローさんが作ったのは、小さな丸いテー
ブルでした。オリーブ色のペンキを塗って、
完成です。ついでに、椅子もおそろいのオリ
ーブ色に塗りました。
ペンキが乾くのを待って、丸いテーブルと
椅子を、リビング・ルームの出窓の前に置き
ました。
そう! ゴローさんが借りている安いマン
ションでも、最近はかっこいい出窓なんかが
ついているのです。
窓に真新しいレースのカーテンをかけ、テ
ーブルの上に、パンを盛った籠とバラの花の
花瓶を置き、おまけにモンダ・ミコリのレコ
ード・ジャケットを、さりげなく載せたりし
てみました。
台所から、沸かしたてのコーヒーポットを
持ってきたゴローさんは、うっとりとしてそ
の光景を眺めました。
素晴らしい食卓です。
「やれやれ! 今度こそ、ぼくの食卓の勝ち
だぞ!」
勝ち誇って、パン屋の広告を顔の前に広げ
た時、ゴローさんの目が一瞬、点になりまし
た。
「しまった! これを見落としていた!」
絶叫しながら、ゴローさんは気狂いのよう
に街へかけだして行ってしまいました。
日が沈み、街に灯りがともりだしたころ、
ゴローさんは腕になにかをいっぱい抱え込ん
でよろよろしながら帰ってきました。
押し入れのなかをごそごそやって、毛布や
クッションを引っ張り出すと、真っ白なレー
スのカーテンがかかった出窓に並べました。
「パン屋の広告には、一匹しかいないけど、
ぼくのほうはすごいぞ! 親子で五匹だもん
な!」
ゴローさんが、毛布の上にそっと置いたも
のは、五匹の猫でした。
公園の茂みのなかで、生まれたばかりの仔
猫を抱え込んでいる母さん猫を、なだめすか
して連れてくるのは、たいへんなことでし
た!
「さあ、誰が何と言おうと、これこそが、完
璧な日曜日の朝の食卓だ!」
ゴローさんはくたくたに疲れきって、でも、
本当に嬉しそうに、固く冷たくなったパンに
手を伸ばしました。
さらさらと風に揺れるカーテンの下で、母
さん猫は目を細くして、仔猫たちにオッパイ
を飲ませています。
窓の外には、たくさんの星が瞬いています。
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