ごんぞう
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佐々木 悦子 著
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「なあ ばあさんや、まあ 見てごらん。う
ちの ごんぞうの りっぱなことよ!」
「はあい じいさんよ、うちの ごんぞうは
むらいちばんさ!」
トメじいさんと ツタばあさんが、うれし
そうに 見ているのは、うしの ごんぞうで
す。
子どものいない ふたりは、 ごんぞうを
ほんとうの 子どものように かわいがって
いました。
むらのひとたちも、みんな ごんぞうを見
るたびに かんしんして ほめてくれます。
それもそのはず。ごんぞうみたいに 大き
なうしは いません。
ごんぞうみたいに つやつやした くろげ
のうしは いません。
ごんぞうみたいに がっちりした つのを
もったうしは いません。
でも、トメじいさんと ツタばあさんには、
ひとつだけ なやみがありました。
「なあ ばあさんや、どうして うちの ご
んぞうは、すもうに かてんのかのう?」
「はあい じいさんよ、うちの ごんぞうは、
なにしろ 気がやさしいからのう」
ほんとに ごんぞうときたら、あきれるほ
ど やさしいうしでした。
ごんぞうは、うしごやにすみついた のら
ねこの子を、ぺろーりぺろーりとなめてやっ
て めんどうをみてやります。
たんぼの あぜみちを あるくときは、ひ
ょいと 首をだした もぐらの子を ふんずけ
ないように、自分のほうが しりもちをつい
たりする ありさまです。
こんな ごんぞうが、あらあらしい うし
のすもうに かてるはずがありません。
うしのすもうは、『つのつき』といって、
まい年、春に おこなわれました。
『つのつき』で、一ばんつよい うしが、
その年の よこづなになります。みごと よ
こづなになったうしは、りっぱな おもづな
を かけてもらいます。
おもづなというのは、わらをたばねて、赤、
白、黒の布でくるみ、その三本をあみこんで
つくる太いつなのことです。
あたらしい よこづなのうしは、まあたら
しいおもづなを、あたまにかけてもらって、
ほこらしげに むらの中をねりあるくのです。
むらのひとたちは それを見て、祝い酒を
かけたり、お祝いのお金をくるんだおひねり
を投げたりして、ほめたたえます。
トメじいさんと ツタばあさんは、よこづ
なは とてもむりだが、一度でいいから ご
んぞうを すもうに かたしてやりたいもの
だと 思っていました。
いままで、なんども ごんぞうを『つのつ
き』に だしましたが、ごんぞうは いつも
あっさりと まけてしまうのです。
あいてのうしが、はないきもあらく、あた
まをさげて つのを つきだしてくると、ご
んぞうは すぐに ずるずるとあとずさりし
て、かこいから にげだそうとします。
そうなったら、もう まけです。
むらのひとたちは、くちぐちに いいまし
た。
「あれまあ、ごんぞうときたら ことしも に
げだしたよ」
「ごんぞうは からだは でっかいが、よわ
むしだなあ」
それをきくと、トメじいさんも ツタばあ
さんも、くやしくて なりません。
こんどこそ、ごんぞうが すもうに かて
るような、なにか よいほうほうは ないも
のかと、ふたりで かんがえました。
「今年の ごんぞうの あいては、ヤヘイど
んのとこの 赤うしだそうじゃ」
「あれえ、あの あばれうしかい?」
「ヤヘイどんは まい日 赤うしの くんれ
んを しとるらしい。太いはしらに わらた
ば くくりつけてな、うしろから 赤うしの
しりをひっぱたいて、けしかけるそうじゃ」
「いやはや、それじゃ うちのごんぞうに
かちめはないわのう」
「いんや、ことしこそ なんとかして ごん
ぞうを かたしてみせるぞ。のう、ばあさん
や、わしには ちょいとした かんがえがあ
るんじゃ」
「はあい じいさんよ、まさか ヤヘイどん
みたいに、ごんぞうのしり ひっぱたいて、
れんしゅうさせるんじゃあ なかろうね?」
「なんの、なんの、そんなかわいそうなこと、
だれが するものかね」
「やれ、安心した。ごんぞうみたいに 気の
やさしいうしを ひっぱたいたりしたら、ば
ちがあたるぞ」
トメじいさんの かんがえとは、こういう
ことでした。
『つのつき』がはじまる前に、ヤヘイどん
に、酒をのませて、いいこんころもちにさせ
るのだ。
そうすれば、ヤヘイどんは 赤うしを の
んびりと 追い立てるにちがいない。
ついでに、赤うしにも ちょいと酒をのま
せておけば、こちらも きっと こしがぬけ
て、ふうらりふうらりとなるに ちがいない。
そこをすかさず、ごんぞうが つので つ
いていけば、かつこと まちがいなしだ。
「のう ばあさんや、どうじゃ、いいかんが
えじゃろうが」
「はあい じいさんよ、でもなあ そんなに
うまくいくもんかいね?」
「なあに、しんぱいないってことよ。ヤヘイ
どんときたら、なにしろ むらいちばんの
酒ずきじゃからのう」
『つのつき』のひが やってきました。
むらのひとたちは、それぞれ じまんのう
しをつれて、『つのつき』がおこなわれる 広
場に やってきました。
トメじいさんと ツタばあさんも、ごんぞ
うをつれて、やってきました。
ヤヘイどんも、いせいよく はちまきしめ
て、赤うしを追って やってきました。
「ほおい ヤヘイどん、けさはまた いちだ
んと げんきそうじゃのう」
「こりゃ トメじいさんよ、今日のしょうぶ
は、もう決まったようなものさ。どう見ても、
うちのアカの かちってことよのう」
「あんりゃ そうかい、そうかい、それじゃ
あ まえ祝いに いっぱい どうかね?」
すかさず ツタばあさんが、ふところに
よういしてきた とっくりをだします。
「ほうほう こりゃまた、えらく てまわし
のいいこったね」
なにもしらない ヤヘイどんは、よろこん
で ひとくち、またひとくちと、とっくりの
さけを、ほとんど のみほしてしまいました。
「ああ うまかった、ああ いいこんころも
ちだ」
ヤヘイどんは、すっかり ごきげんです。
そのあいだに、トメじいさんと ツタばあ
さんは、ヤヘイどんの 赤うしにも、こっそ
り酒を のませてしまいました。
さて、いよいよ ごんぞうと 赤うしが
すもうをとるばんに なりました。
「ごんぞう、がんばれや、こわがることは な
いぞ」
「ごんぞう、ちょいと つっついておやり、
赤うしなんざ、よろよろさね」
ひろばの中に、トメじいさんが ごんぞう
を つれだしました。
はんたいがわから、ヤヘイどんが ちどり
あしで、でてきました。そのあとから、赤う
しが、ヤヘイどんを 追いぬいて、ものすご
い いきおいで 走りこんできます。
なんと、赤うしは 酒によっぱらって、
めちゃくちゃに こうふんしてしまったので
す。
いっぽう ヤヘイどんときたら、いいこん
ころもちで こしがぬけてしまって、あばれ
る赤うしを どうすることも できません。
「こりゃ たいへんなことになったわい」
「ありゃあ どうしたらよいのじゃろう」
トメじいさんと ツタばあさんは、おろお
ろして ごんぞうを 助けだそうとしました
が、もう まにあいません。
赤うしは、目をまっ赤に血ばしらせ、はな
から 湯気をたてて、ごんぞうめがけて、つ
のをつきたてていきます。
そのときです。ひろばの すみのほうに、
つっ立っていた ごんぞうが、いきなり は
しりだしました。
そして、ひろばの まん中までくると、ピ
タっと たちどまって、赤うしのほうにむか
って、つのをふりたて、ものすごい声でさけ
びました。
「ブオオーン」
それでも よっぱらった赤うしが、シュー
シュー息をはきながら、ちかよっていくと、
ごんぞうが ほんのちょいと つのをふりた
てました。
赤うしが そらに まいあがりました。
「ごんぞうが かったぞ!」
「ごんぞうが、あんなに つよいとはな!」
むらのひとたちは、みんな びっくりしま
した。
そのあとの とりくみでも、ごんぞうは
一歩もひかずに、ぜんぶのうしにかちました。
「のう ばあさんや、見たか? あれを」
「はあい じいさんよ、うちのごんぞうは、
むらいちばんさ」
トメじいさんも ツタばあさんも、すっか
りおどろいて、おおよろこびです。
よこづなになった ごんぞうは、 まあた
らしい おもづなを、頭にかけてもらいまし
た。祝い酒や、おひねりがなげられました。
でも ごんぞうは、そんなことは どうで
もよかったのです。
ごんぞうは、 ひろばの まん中にさいて
いた タンポポの花が、うしたちに ふみつ
ぶされないように、まもってやっていただけ
なのです。 |
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