ゴマおじさんの家
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佐々木 悦子 著
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ゴマおじさんの家は、しずかな森の中。かもがおよぐ池のほとりに、ぽつんとたっています。とても古くて、とても小さな家でした。
町に住んでいる友だちは、
「こっちにおいでよ。町のほうが便利だし にぎやかだよ」
と、ゴマおじさんに何度もいいました。
でも、そのたびにゴマおじさんは、ニコニコわらってこういいます。
「わたしは、この家が大すきなんだよ」
ゴマおじさんの家はクリーム色。屋根と煙突が緑色。ドアと二つの窓も緑色。ドアの横には、狐色のセンベエ草の植木鉢があります。
ゴマおじさんが家にいるときは、緑色の煙突から白いけむりが、ゆらゆらと立ちのぼっています。おいしいお茶をのむために、いつもストーブの上のピカピカのやかんで、お湯をわかしているからです。
ストーブのそばのソファーに、ころころ太ったゴマおじさんがこしかけています。ひざの上で、灰色のおばあさん猫のイトが、ぐっすり眠りこんでいます。
ね? すてきな家でしょう?
しずかな森の中にこんな家があるなら、だれだって、ほこりっぽい町になんか、引越したいとは思わないですよね? でもね、この家には、もっとすごい秘密があるんです!
ゴマおじさんの古くて小さい家には、二つの大きなポケットがついていました。
あら? あなたの家にはポケットがないの? そうね、ちかごろはポケットのある家を見かけなくなりました。
ゴマおじさんの家のポケットは、ドアの両がわに一つずつ、くっついています。右がわには青いポケット。左がわには赤いポケット。
ゴマおじさんが、家の中から出てきましたよ。そして、手にもっていたお米を、青いポケットにパラパラといれました。すると、赤いポケットから、おにぎりがとびだしてきました! まあまあ、ふっくらとあたたかそうな湯気がたって…。
つぎにゴマおじさんは、青いポケットにあずきをパラパラといれました。とたんに、赤いポケットから、つやつやしたようかんが、とびだしてきました!
ゴマおじさんはニコニコ顔。おにぎりと ようかんをもって、家の中に入っていきました。きっと、おいしいお茶をいれて、ゆっくりといただくんでしょうね。
どうです? すてきなポケットじゃありませんか! 青いポケットになにかを入れると、それが未来のすがたになって、赤いポケットから飛び出してくるのです。これで、ゴマおじさんが、この家を大すきなわけが、わかりましたね?
さて、ある晩のことでした。
ゴマおじさんの家に、どろぼうがやってきたのです。もじゃもじゃの黒い頭。もじゃもじゃの黒いひげ。うす汚れた黒い服。こわい目をしたどろぼうです。
「しめしめ、よくねてるようだわい」
どろぼうが、カギ穴から中をのぞいていたとき、ふと、ドアの横の青いポケットに気がつきました。
「うん? こんなところにポケットがあるぞ。なにかいいものが、はいっているかも…」
よくばりのどろぼうは、青いポケットに おもいきり顔をつっこんで、中をのぞきこみました。
ヒュルヒュル ヒュルル〜ン!
あらまあ! どろぼうの体が、あっというまに、青いポケットに吸いこまれてしまったではありませんか! つぎの瞬間、赤いポケットから、年取った神父さんが、はいだしてきました。まっ白な頭。まっ白なひげ。黒くて長い衣をきた、やさしい目のおじいさんです。
「おやあ? わしはなぜ、こんなところに立っているんだろう? そうだ、わしはむかし、この家にどろぼうに入ったことがあるぞ。いますぐこの家の人に、あやまらなくては!」
神父さんは緑色のドアを、ドンドン、ドンドンと、たたきはじめました。
「おやおや、どなたか知らないが、こんな夜中になんのご用かね?」
ゴマおじさんとおばあさん猫のイトの、眠そうな顔が、ドアの中からあらわれました。
「わしは昔、『情け知らずの大どろぼう』と呼ばれた、悪い悪い男でした。いまは悔い改めて神父になりましたのじゃ。じつは、この家にも、どろぼうにはいったことがあったのです。どうか、わしをお許しくだされ!」
神父さんは、涙をポタポタこぼしながら、ゴマおじさんに頭をさげました。
「あれえ? わたしのうちに、どろぼうがはいったことなんて、一度もありませんよ。なにかの間違いでは?」
ゴマおじさんは、首をかしげました。
「いえ、いえ、たしかにわしは、この家にどろぼうにはいって、ベッドもソファーも、やかんもお菓子も、みんな盗みましたのじゃ。ああ、わしはほんとうに悪い人間だった!」
年とった神父さんが、泣き出しました。
「なんのことやら、さっぱりわからんが、こんな寒い夜中だし、まあまあ、中にはいって ゆっくりとお休みください」
ゴマおじさんは、神父さんを家の中にまねきいれ、自分のベッドに寝かせました。
ゴマおじさんとイトは、ストーブのそばのソファーに丸まって、なかよく眠りました。
よくあさ、朝ごはんの蜂蜜トーストを食べながら、ゴマおじさんは、神父さんにいいました。
「わたしはこれから、森の奥へ木を切りに出かけます。あなたさまは、ゆっくりお休みください。もし、出かけたくなったら、このカギをかけて、ドアの外にあるセンベエ草の植木鉢の下に、かくしておいてくださいよ」
そして、神父さんに、小さなさびだらけのカギを渡しました。
神父さんは、黒い衣に涙と蜂蜜をたっぷりこぼしながら、いいました。
「なんとなんと、かたじけない。わしはこれから旅に出て、昔どろぼうした家に、おわびに行こうと思いますのじゃ」
ゴマおじさんが出かけたあと、神父さんは お礼にお皿を洗い、掃除をしました。そして、外に出て、ドアにカギをかけました。でも、さびたカギは、なかなかうまく抜けません。
「えいっ!」と、力をこめて引っ張ったとたん、カギがポーンと飛び出して、ドアの横の赤いポケットの中に落っこちてしまいました。
「おっとっと! カギはどこだ?」
あわてた神父さんは、赤いポケットに顔をつっこんで、中をのぞきこみました。
ヒュルヒュル、ヒュルル〜ン!
あらまあ! 神父さんの体が、あっというまに、赤いポケットに吸い込まれてしまったではありませんか! つぎの瞬間、青いポケットから、もじゃもじゃの黒い頭と黒いひげ、うす汚れた黒い服を着たどろぼうが、とびだしました。
「しめしめ、どうやら、この家はるすらしいぞ。あ、こんなところにカギがある!」
足元に、ぴかぴかのカギが落ちています。
情け知らずの大どろぼうは、ゴマおじさんの家に入りこむと、ベッドもソファーも、やかんもお菓子も、なにもかも背中にしょって、盗みだしました。
最後に、灰色猫のイトをつまみあげると、
「ふん、こんなおいぼれねこ、シチューにしても、かたくて食えやしないぜ!」
といって、ポンと投げ捨てていきました。
夕方になって、森の奥から帰ってきたゴマおじさんは、家の中のものが、すっかりなくなっているのを見て、びっくり仰天!
「あれえ! いったいどういうことだ? 神父さんがどろぼうするはずはないし。でも、もしかして…」
ゴマおじさんは、ドアの横のポケットを調べてみました。
やっぱり!
赤いポケットのはじっこに、蜂蜜がべっとりとくっついています。朝ごはんのとき、神父さんが衣にこぼした蜂蜜です。
ゴマおじさんは、クスクス笑いながら、
「そうか、わかったぞ! 神父さんは赤いポケットに吸い込まれて、もとの大どろぼうにもどったんだな」
そして、おばあさん猫を抱き上げると、
「イトや、ひとつ、わたしらも赤いポケットにはいって、もとの姿にもどってみようか…」
太ったゴマおじさんは、赤いポケットに、ギュウギュウ体をおしこみました。
ギュル、ギュル、ギュルル〜ン!
つぎの瞬間、青いポケットから、灰色の子猫が飛び出し、その後から…、なんと、黒いトンガリ帽子をかぶったよぼよぼのおじいさんが、ゆっくりと現れたではありませんか!
「ハッハッハ! ひさしぶりに、もとの姿になったわい! さあて、さっそくひと仕事するかノ。イトや、おまえも手伝っておくれ。パリパリセンベエ、デロデロやかん、ヤッ!」
あらまあ、空中にピカピカのやかんが浮かんでいます。
なあんだ! ゴマおじさんって、ずっと昔にいなくなったと言われている、あの有名な大魔術師の胡麻ノ千兵衛だったんですね。
子猫のイトは、池のまわりを走り回って、かもの羽をひろっては、せっせと青いポケットに入れてます。あらあら、勢いあまって、自分もいっしょに飛びこんじゃった!
赤いポケットから、ふかふかの羽根布団がとびだしました。その上に、また、おばあさんになったイトが、すまして座っていますよ。
すっかり元どおりになった家の煙突から、白いけむりが、ゆらゆらたちのぼり始めました。またまたポケットを通りぬけてきたゴマおじさんが、のんびりお茶を飲んでいるんです。もちろん、ひざにイトをのせてね!
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