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とんで とんで ドレミファソ

佐々木 悦子 著

 トンデ山は あらしです。
 かぜが ヒューヒュー うなります。
 あめも ザンザン ふってます。
「たいへんだ! ウーホー先生、たすけてく
ださい」
 いのししのドロさんが、かしの木の下で 
さけんでいます。
「ウー、ホー、なにごとかね? この ひど
いあらしの さいちゅうに!」
 木のうろから、年とったふくろうが むっ
くり かおをだしました。
「うちのおくさんが、おなかがいたくて く
るしんでいるんだ。びょういんへ つれて行
こうとしたが、この大雨で 川があふれてわ
たれないのだよ!」
「ウー、ホー、そりゃあ たいへんだ」
 ウーホー先生は トンデ山の どうぶつ学
校の 校長先生です。山のどうぶつたちは、
なにか こまったことがおきると、まっさき
に そうだんにきます。
 ウーホー先生は、いそいで ドロさんのう
ちへ とんでいきました。そのあとから ド
ロさんが、もうスピードで おいかけます。
「おくさん、どうしました?」
 ウーホー先生が こえを かけると、
「おなかが いたくて いたくて、しにそう
です!」
 ドロさんの おくさんは、うんうん うな
っています。
「ウー、ホー、こりゃあ いかん、すぐに 
びょういんへ はこばなくては…」
 でも 川のむこうの びょういんへ、どう
やって はこべば いいでしょう。
「ウー、ホー、空をとんでいけばいい! ド
ロさん、いそいで からすのオラーを よん
できて ください」
 ドロさんは ふっとんで いきました。
「オラー、オラー…」
 まもなく 山おくから、けたたましい さ
けびごえが きこえてきました。 
「こんな あらしの日に、おいらを よびつ
けるやつは どこの どいつだぁっ!」
 バサバサっと はばたく 音がして、大き
なカラスが とんできました。
「ウー、ホー、ここだ ここだ」
「これは これは ウーホー先生。いったい 
ぜんたい なにごとです?」
「ドロさんのおくさんを すぐ びょういん
へ はこばなければ…。おまえたち カラス
軍団の力を かしてもらえないかね? 」
「へえっ! こんなふとった いのししを
はこぶなんて、おれたち トンデ山のカラス
軍団でも ムリってことよ!」
「ウー、ホー、そりゃあ こまった…。だれ
かほかに このおくさんを はこんでくれる
ものは いないものかのう?」
「オラー、オラー、そうだ! おあつらえむ
きのものが いますぜ」
「ホー、ホー、それは どこにいるのじゃ?」
「お山の分校でさあ」
 トンデ山の分校は 人間の小学校で、いま
はもう 使われなくなっていました。
「では、いそいで 分校へ行こう!」
 ドロさんは、うんうんうなるおくさんを 
おぶって、山の分校へはこびます。
 ウーホー先生が、しんぱいそうに その上
を ぐるぐるまわって とんでいきます。
 カラスのオラーは、さっさと 分校めがけ
て とんでいってしまいました。
 やっと トンデ山分校に つきました。
「こっち、こっち!」
 オラーが まっていたのは、音楽室でした。
へやのすみに 大きくてまっ黒な グランド
ピアノが、どんとすわっています。
「どうです? こいつなら でかいし 力も
ありそうだし、この ふとったおばさんが 
のったって、びくともしませんぜ」
 オラーが、高くひらいた ピアノのふたに 
とまって さけんでいます。
 「ウー、ホー、ありがたい! でも、ピア
ノというものは、空をとべるのだろうか?」
「こいつは おいらのはねより 黒くて大き
なつばさを もってるじゃないですか」
 ウーホー先生は ピアノにむかって、てい
ねいに たのみました。
「のう、おまえさん、この びょうきの い
のししをのせて、かわむこうの びょういん
まで、とんでいって もらえないかね?」
 グランドピアノは、バカにしたようにわら
って いいました。
「ふふん、きみたちは なにもしらないんだ
ね? ピアノというものは、上品な愛や美し
い情熱を みんなに つたえるための楽器な
んだ。こんな きたならしい いのししをの
せて、空をとぶなんて! バカバカしいこと 
いわないでくれたまえ」
 それをきいた カラスのオラーが、けたた
ましい声で わめきたてました。
「オラー、オラー、おまえさん、やけに 気
どってるじゃないか? ふん、なにが上品な
愛だよ、なにが美しい情熱だよ、いまここで 
くるしんでるものを たすけてやることが、
愛じゃないのかよっ! そのために 自分の
力をだしつくすのが、情熱ってもんじゃあな
いのかよっ!」
「そうだ! そのカラスのいうとおりだ!」
 とつぜん かみなりのような 大きなこえ
が ひびきました。
 音楽室のかべにかかっている ベートーベ
ンの肖像画が、かみを ふりみだして ピア
ノにむかって どなったのです。
「ピアノよ! おまえは まちがっているぞ。
おまえは いますぐ その いのししをのせ
て、大空にむかって 飛び立つのだ!」
 そんけいするベートーベンに しかられて
気どりやのピアノは、びっくりぎょうてん。
「ベートーベン先生! そんなむちゃなこと 
言わないでくださいよ…」
 すると ショパンの肖像画が 身をのりだ
して はげしく さけびだしました。
「飛び上がれ! はばたけ! ふるいたて! 
情熱のあらしよ、わきおこれ!」
 バッハの肖像画も、重々しく 言いました。
「苦しんでいるものを、なぐさめ、はげまし、
たすけるのも、音楽の役目なのだよ」
 すかさず、オラーが はやしたてました。
「ほれみろ! おいらのいうとおりだい! 
さあ、ドロさんよ、おかみさんを こいつの
うえに のせた、のせた!」
 ドロさんは うんこらしょと、おくさんを 
グランドピアノのうえに おしあげ、ついで
に じぶんも のりこみました。
 ウーホー先生が、音楽室の大きなまどを 
あけました。たちまち、ヒューヒュー、ザン
ザン、かぜとあめがふりこみます。
「とべとべ ピアノよ! まいあがれ!」
 モーツアルトもシューベルトも、チャイコ
フスキーもワーグナーも、みんな こぶしを
ふって さけんでいます。
 こうなっては、気どり屋のグランドピアノ
も かくごをきめて、やるしかありません。
「なんたることだ ドレミファソ! おちて
もしらんぞ ソファミレド!」
 ピアノが 大きな黒いふたを おもいきっ
て ばたばたうごかすと、ふわりと うきあ
がりました。
「とべとべピアノ! つきすすめ!」
 音楽室の肖像画が、全員で合唱しています。
「オラー、いいぞ、いいぞ!」
「ウー、ホー、たのみますぞ!」
 あらしのなかを 大きなグランドピアノは 
ゆらりゆらり とびはじめました。
 もりをこえ、のはらをこえ、かわもこえま
した。どうぶつびょういんは もうすぐです。
「ドレミファソラシド、びしょぬれだ…、 
ドシラソファミレド、どろだらけ…」
 ピアノが ぶつぶつ いってます。
「ウー、ホー、やれやれ ついたぞ」
 びょういんから あなぐまのおいしゃさん
が、とびだしてきました。
「どうしました? さあさあ、こちらへ!」
 ドロさんは おくさんを びょういんのな
かへ かつぎこみました。
 ウーホー先生とオラーが、しんぱいしてま
っていると、とつぜん ドロさんの さけび
ごえが きこえてきました。
「ブオーッ! やったぞ! あかんぼうだ! 
それもいっぺんに二十ぴきも!」
「もう あんしんです。おかあさんもあかち
ゃんも みんな とっても げんきです」
 あなぐまのおいしゃさんが ニコニコして
オラーとウーホー先生に いいました。
 ドロさんと おくさんと、二十ぴきのこど
もたちが げんきよく でてきました。いの
ししのこどもは、ウリのような すじめがつ
いた ウリぼうです。 
「ありがとうございます。ゆうかんで ごりっ
ぱなあなたさまのおかげで こんなに か
わいいこどもたちを たくさん うむことが
できました」
 おくさんが グランドピアノにむかって、
うれしそうに おれいをいいました。
 そういわれると ピアノは すっかりいい
気分になって、調子よくいいました。
「なあに、空をとぶくらい わけないことで
すよ。では、みなさんをのせて、またトンデ
山まで おくってあげましょう」
「ブォッ! どうやらあらしもやんで、これ
なら 川をわたれそうです。わたしたちは 
走ってかえります。こどもたちだけ のせて
いってもらえますか?」
 あらしはすぎさって、空にはおひさまがで
てきました。
 グランドピアノは 二十ぴきの ウリぼう
をのせて、まいあがりました。ウリぼうたち
が、走りまわると、ピアノはくすぐったくて、
ゆらゆら ゆれました。ゆれながら、たのし
そうに うたいだしました。
 「ウリぼう おちるな きをつけろ!
  とんで、とんで、ドレミファソ!」 
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