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青い目のりゅう

佐々木 悦子 著

 竜の国で、いっぴきのりゅうのあかんぼうが生まれました。生まれたばかりのりゅうを見るなり、おとうさんりゅうが叫びました。
「なんてことだ! こんなやつが生まれるとは…」
 おかあさんりゅうも、驚いていいました。
「わたしらの子が、よりによって、こんなりゅうだなんて!」
 生まれたばかりのりゅうの子は、青い目をしていたのです。
 竜といういきものは、口から火を吹いて、天空を飛びまわり、木も花も、人も動物もすべての生き物を、焼きほろぼしてしまうほど、つよいのです。
 一番つよい竜の目は、金色の光をはなっています。その目でにらまれたものは、一瞬にして、石になってしまうといわれていました。
 おとうさんりゅうも、おかあさんりゅうもとてもつよい竜でした。体はがっしりとたくましく、しっぽも長くしなやかです。羽をひろげると、昼間でも空が暗くなるほどで、その目は、らんらんと金色に輝いていました。
 おとうさんりゅうは、自分の子が、よわよわしい青い目をしていることを、恥ずかしく思いました。
 そこで、小さな青い目のりゅうにむかって、いつもこういいました。
「つよくなれ! もっとつよくなれ! 一番つよい竜になれ! 
おとうさんに、恥をかかせたら、ゆるさんぞ!」
 おかあさんりゅうは、自分の子が、みんなからバカにされて、いじめられやしないかと、心配していました。
 そこで、小さな青い目のりゅうにむかって、いつもこういいました。
「みんなにまけちゃ、いけないよ。やられるまえに、やっちまいな。
そうすれば、いじめられないさ!」
 小さな青い目のりゅうは、おとうさんや、おかあさんのいうとおりに、うんとつよい竜になろううと思いました。
 空を飛んでいるときに、地上に咲いている花を見つけると、口からあつい炎を吹きかけて、一息で焼いてしまいました。
 また、やわらかいみどりの葉をつけた若木でも、何百年も地に根を張った老木でも、かたっぱしから、鋼鉄のムチのようなしっぽをふるって、なぎたおしました。
 そして、青い目のりゅうは、はらはらとなみだをこぼしました。
 青い目のりゅうは、心のやさしいりゅうだったので、ほんとうはこんなことをするのが、いやでした。でも、おとうさんや、おかあさんをよろこばせようと、いっしょうけんめいだったのです。
 また、あるときは、突然噴火をはじめた火山に負けまいとして、体中の力をふりしぼって炎を吐き続け、ついには、火山をまるごと吹き飛ばしました。ついでに、あわてて逃げまどう山の動物たちも、炎で焦がして、丸焼きにしました。
 人間たちが、何年もかかって川の上流にダムを作ると、それをたった一晩で、鋭いつめで切り裂きました。川の水が一気に流れ出して、大洪水になると、助けをよぶ人間たちをつかんでは、濁流に放りこみました。
 そして、青い目のりゅうは、また、はらはらとなみだをこぼしました。
 やがて、青い目のりゅうは、体も大きくたくましくなり、なかまのりゅうたちとのけんかにも、けっして負けないほどになりました。
 やさしかった心も、いまはもう、すっかり消えうせてしまいました。目にはいるものはなんでもかんでも、殺してしまわなければ、気がすみません。
 青い目のりゅうは、おとうさんりゅうと、おかあさんりゅうに、いいました。
「ぼくは、こんなにつよいりゅうになったよ!」
 青い目のりゅうは、おとうさんと、おかあさんに、ほめてもらいたかったのです。
 ところが、おとうさんりゅうは、
「おれは、おまえの青い目が、なさけない。その目では、敵を石にすることはできないぞ。
おまえは、まだまだよわいりゅうだ!」
といって、おこりました。
 おかあさんりゅうも、
「おまえの目が、金色にならないかぎり、いつか、ほかのりゅうに、やられてしまうよ」
と、なげきました。
 それを聞いた青い目のりゅうは、いかりと苦しみの叫びをあげながら、天のはてまでかけのぼっていきました。
「どうやったら、これ以上、つよくなれるというんだ!
 どうやったら、この青い目を金色にすることができるというんだ!」 
 竜神が、その声を聞きつけて、青い目のりゅうにむかって、いいました。
「そんなに、金色の目になりたいのか?」
 青い目のりゅうは、むちゅうになって
「そうだ! 金色の目になれば、てきを石にかえることができるんだ」
 竜神がたずねました。
「おまえは、そういう力がほしいのか?」
「そうだ! ぼくののぞみは、たったひとつ、金色の目になることだ!」
「では、おまえの目を、金色にかえてやろう。
だが、そのためには、おまえは、おまえの親をころさなくてはいけない。
ほんものの竜の力というものは、そのくらい冷酷なものなのだ。
おまえに、それができるか?」
 青い目のりゅうは、黙ってしまいました。
 なんのために、自分はいままで、多くのものを破壊してきたのか? なんのために、自分はいままで、多くのものの命をうばってきたのか?
 それは、おとうさんとおかあさんを、喜ばせるためだった。おとうさんとおかあさんに、安心してもらうためだった。
 その、おとうさんとおかあさんは、なによりも、青い目を憎んでいた。自分のこどもが、金色の目を持つことを、のぞんでいた…。
 青い目のりゅうは、きっぱりと、竜神にむかっていいました。
「ぼくは、なんでもする! 金色の目になれるなら」
 そして、空を真っ二つに切り裂くような悲鳴をあげると、おとうさんりゅうと、おかあさんりゅうのところまで、ひとっとびに飛んでいきました。
「おとうさん! おかあさん! ぼくは、金色の目を手にいれるよ!」
 そういうなり、青い目のりゅうは、おとうさんりゅうと、おかあさんりゅうにとびかかり、するどいつめで、八つ裂きにしてころしてしまいました。
 金色の目になったりゅうは、その冷酷な目で、ひとにらみするだけで、見るものすべてを石にかえ、竜のなかでも一番つよい竜になりました。
 ひとや、動物たちは、そのかげを、ちらっと見るだけで、逃げ隠れしました。なかまの竜たちも、いつころされるかとおそれて、近づかないようになりました。
 金色の目になったりゅうは、いつもひとりぼっちで、大空をとびまわり、だれかころすものはいないかと、探しまわりました。
 ある日のことでした。金色の目になったりゅうが、空をとんでいると、目の下に、真っ青な湖が見えました。
 その湖の岸辺に、茶色い鹿の親子がたたずんで、しきりと水を飲んでいます。二頭の鹿は、おそろしい竜が自分たちをねらっているのにも気がつかずに、たがいに鼻面をよせあって、楽しそうに語り合っていました。
 りゅうの羽音に気づいた母鹿が、ぱっと逃げ出しました。けれども、おそろしさに足がすくんだ子鹿は、逃げ出すことができません。
 りゅうが、子鹿めがけて、火を吹こうとしたとき、母鹿がいそいでもどってくると、こどもをかばって、りゅうの前に立ちふさがりました。かよわい鹿一頭が、りゅうにたちむかったところで、なんになるというのでしょう。
 でも、母鹿はびくともせずに、足をふんばって、りゅうにむかって、戦うかまえを見せました。
 おこったりゅうは、金色の目から光を放って、母鹿の顔をにらみつけました。これでもう、母鹿はおしまいです。一瞬で、石にされてしまうのです。
 ところが、母鹿は石にはならずに、あいかわらず、子鹿をかばいながら、しっかと立ち続けていました。その目は、まっすぐにりゅうの目をとらえ、すこしも、ひるむところがありません。反対に、りゅうのほうが、目の奥に鋭い痛みを感じて、おもわず両方の目を閉じてしまいました。
 母鹿の目は、まったく恐ろしくはありませんでした。ぜんぜんつよくもありませんでした。すこしも冷酷ではありませんでした。
 それは、ただ、あたたかく、おもいやりにあふれ、かなしみにみちていました。
 金色の目のりゅうは、その母鹿のまなざしに射ぬかれたかのように身をひるがえすと、大空に舞い上がりました。
 下を見ると、湖の岸辺から、茶色の鹿の親子がぴったりと連れ添って、立ち去っていくところでした。
 真っ青な湖のうえには、大きな竜のすがたが、くっきりと写っています。そのかおは、おそろしく、みにくいかおでした。だれからも愛されず、だれをも愛そうとしない、冷酷なかおでした。
 つぎの瞬間、りゅうは、湖にうつる自分のすがためがけて、二つの目から、あらんかぎりの力をこめて、金色の光をはなったのです。みるみるうちに、石のかたまりとなっていくりゅうは、はらはらとなみだをこぼしながら、湖の底へと、落ちていきました。
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