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アランさんのラブレター

佐々木 悦子 著

 やあ、アリス! 元気かい?
 街は、さぞかし暑いだろうね? そして、
きみは、暑さにも負けまいと、あの西日のあ
たる、屋根裏のアトリエで、せっせと絵をか
いているんだろうね?
 ぼくは、このウルの山で、すてきな夏をす
ごしているんだ。まるで、王さまのようにね!
 なに?貧乏詩人のくせにって?
 アハハハ…… そうさ、でも、ふところは、
まずしいけれど、心は王さまなのさ。
 なぜかって?
 ようし、そのわけを、話してきかせよう!
 ここ、ウルの山には、深い森がある。クヌ
ギ、ナラ、カシ……、とりわけ、ブナの大木
が、天をめざして、堂々と枝を伸ばしている
のを見るのが、ぼくは好きだ。
 ある日、山は嵐だった。一晩じゅう、激し
い雨と風が 吹き荒れた。
 翌朝、森へ行ってみると、ぼくの好きなブ
ナの木のそばに、一本のパオの木が倒れてい
た。幹の太い、年をとった大木だ。ぼくは、
その木に腰をおろして、ブナの木を下から見
上げた。
 嵐が過ぎ去ったあとの、まっさおな空から、
真夏の陽射しがさしこんでいる。 ブナの葉
の一枚、一枚が、磨きあげた斐翠のように輝
いている。風が吹くと、その斐翠が、いまに
もぼくの頭のうえに、滴り落ちてくるかのよ
うだ。
 ぼくはもう、時間も忘れて、うっとりと眺
めていた。
 そのとき、ぼくの頭に、すてきな考えが浮
かんだんだ。
 さあ、それからが、大仕事だった! ぼく
は、朝から晩まで、倒れたパオの老木を相手
に働いた。
 道具は、ぼくが泊まっている、農家の主人
に頼んで、貸してもらった。木の枝をはらう
ための斧、幹をくりぬくための、のみ。木の
肌を すべすべにするための、かんな……。
 ぼくが なにを作ろうとしていたか、わか
るかい?
 丸木舟だろうって?
 うん、うん、そうだ。まったく、そのとお
りの形なんだ。
 こうして、ぼくは、 毎日、毎日、舟大工
になったかのように働いた。誰もいない、静
かな森のなかで、聞こえるものといったら、
ぼくが木を刻む音だけだ。
 そのうち、ぼくは奇妙なことに気がついた。
 森の中には、ぼくひとりのはずなのに、と
きどき、誰かに見られているような気がする
んだ。
 さっとふりむくと、後ろの木の枝に、茶色
のしっぽが、ちらっとのぞいている。
 あるときは、長いまっ白な耳が、木の陰に
隠れたのが見えた。
 また、あるときは、灰色の長い鼻が、あわ
てて引っ込んだのを 見逃さなかった。
 夕方、借りた道具を、草むらの中に隠して
帰る。ところが、つぎの朝やってくると、の
みや、なたや、かんなが、あちこちに散らば
っているんだ。そして、ぼくが、きのう終わっ
たところより、仕事がずっとはかどっている
んだ。 だれかが、夜のうちに、手伝ってく
れたらしい。
 そんなことが、何日もつづいた。
 そして ある日、ついに できあがった!
 舟を川まで運ぶのが、大変だろうって?
 いいや、この舟は、水に浮かべるんじゃな
い。この舟に、水をいれるのさ! そう、こ
れは、ぼくの おふろなんだ!丸木舟のおふ
ろ! 森の中のおふろ!
 ぼくは、近くの川から、せっせと水を汲ん
できた。両手にバケツをもって、何度も、何
度も、運んだ。
 なみなみと、いっぱいになった清らかな水
が、風に揺れるブナの葉っぱを写している!
 ぼくは、服を脱ぎ捨てると、まるはだかに
なって、丸木舟のおふろに飛び込んだ。
 そのときだ!
「ぼくも いれて! だって ぼくもてつだっ
 たんだよ!」
 茶色いりすが、飛び込んできた。
「あたしも いれて! だって あたしもて
 つだったのよ!」
 まっ白な うさぎが、飛び込んできた。
「ぼくも」
 長い鼻のぞうが、飛び込んできた。
 牛もきた。山羊もきた。モグラもきた。熊
もきた。鹿もきた。……ライオンもきた。
 おやおや、きみは 笑ってるね?
 ぼくの 話しを 信じないのかい?
 それじゃ、きみは、ぜひ、ここに来て、ぼ
くのおふろに、はいらなくちゃ、いけないよ。
 そうだ! 森の仲間たちと、そして、きみ
といっしょに、ブナの木洩れ日を浴びながら、
丸木舟のおふろにはいれたなら、ぼくはもう、
王さま以上のしあわせものだ!
アランより
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