ふ た つ の 岩
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佐々木 悦子 著
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かわらに、ふたつの岩が、ならんでいまし
た。ひとつは 大きくて、ひとつは 小さい
岩でした。
ふたつの岩は、せなかあわせに すわって
いて、大きい岩は 川のほうをむき、小さい
岩は 土手のほうを、むいていました。
「大岩さん、土手のつくしんぼうが、ずいぶ
ん のびてきましたよ」
小さい岩が、いいました。
「そうですか、小岩さん。川の ふちの、お
たまじゃくしも、日ましに 大きくなってき
ました」
大きい岩が、いいました。
「もう 春ですねえ」
「そう 春ですねえ」
ふたつの岩は、たがいの せなかに もた
れあいながら、のんびり おしゃべりしてい
ます。
「おや、土手の上を、ぴかぴかの ランドセ
ルをしょって、あるいていく子がいますね。
ああ、きっと 入学式に いくんでしょう」
「ほう、もう そんな季節に なったんです
ね。どおりで、川の 水かさが ふえてきた
わけです。山の雪が とけだしたんでしょう」
「いつかのような、大洪水に ならなきゃい
いですがね」
「ほんとうです。あの時は、わたしたち ふ
たりとも、一週間 水びたしでしたから」
「春は 天気が かわりやすいから、今日は
こんなに よい天気でも、あすは どうなる
か わかりません」
「そうです。春の あらしがくると、川は、
いっぺんに はんらんしますよ」
その日の 夕方から、雨がぽつぽつ ふり
はじめ、夜中には ざんざんぶりになりまし
た。なまあたたかい 南風が つよくふきつ
けて、満開の さくらの花は、みるみるうち
に、ちってしまいました。
山では なだれがおき、そのドドーン ド
ドーンというぶきみな音が、ふたつの岩のと
ころまで、聞こえてきました。
「なんだか いやな 感じですねえ」
小さい岩が、つぶやきました。
「こりゃあ 大荒れに なりそうです」
大きな岩が、 いいました。
川の水は どんどんふえ、川はばがひろが
り、流れもはげしくなりました。ふたつの岩
も 腰まで 水につかってしまいました。
朝になりました。雨はますます はげしく
なって、川は、土手の すぐそばまで ひろ
がっています。ふたつの岩は、なんとか 頭
だけ 水の上にだしていました。
「おやっ、あれは なんだろう! 土手の上
を なにかが 走ってくる!」
小さい岩が、そう いったのと同時に、大
きい岩が、こう いいました。
「おやっ、あれは なんだろう! 川の中を
なにかが流されてくる!」
「たぬきだ!!」
ふたつの岩が、いっしょに さけびました。
そうです。土手の上を 走ってくるのは、
たぬきのおかあさんで、川の中を流されてく
るのは、たぬきの子どもでした。
「たすけてくださーい! 子どもが 川に
落ちたんです!!」
おかあさんだぬきが、必死になって さけ
びながら、いまにも くずれそうな 土手の
上を 走ってきます。
「たすけてー! たすけてー!」
子だぬきが、川の中で もがきながら、な
きさけんでいます。
「大岩さん! どうしましょう!」
「小岩さん! このまま ほうっておくこと
は できません。やれるだけ、やってみまし
ょう! あなた、わたしのことを おもいっ
きり せなかでおしてみてください。そうし
たら、わたしは 水にういて、あの 子だぬ
きの ほうに ちかづいてみますから!」
そこで、小さい岩は、せなかに ちからを
こめて、大きい岩を うーんと おしあげま
した。
大きい岩が、ゆらゆら ゆれました。
「もうすこし!」
もういちど、うーんと おしました。
大きい岩が、すうっと 水にうかびました。
そのはずみで、小さい岩も、ぽかっと うか
びあがりました。ふたつの岩は、波に もま
れながら、すこしづつ 子だぬきのほうへ、
ちかづいていきました。
「おーい、たすけにきたぞ! はやく わた
しの うえに のりなさい!!」
大きい岩が、子だぬきの すぐ そばまで
きて いいました。
子だぬきは 必死になって、大きい岩の、
頭のてっぺんに よじのぼりました。
「よし、しっかり つかまっていなさい!」
「大岩さん! すこしさきで 川が 大きく
まがります。そのてまえに、あしが たくさ
んはえているところがあります。そこなら、
川の流れが、いくぶん ゆるやかに なりま
すから、そこへ うまく流れつくように、わ
たしが、うしろからおしていきましょう!」
そういうと、小さい岩は、大きい岩の う
しろにまわって、すこしづつ あしのしげみ
のほうへ おしていきました。
「さあ もうだいじょうぶ! ここから 石
づたいに、土手まで あるいていけるだろう」
大きい岩が、頭の上の 子だぬきに いい
ました。
そこへ、おかあさんだぬきが、土手から、
ころがるように おりてきました。
「まあ! おまえ! ぶじなんだね! あな
たがたの おかげで、子どもの、いのちが
たすかりました。この ごおんは いっしょ
うわすれません。ほんとうに ほんとうに
ありがとうございました!」
おかあさんだぬきは、なんども なんども
ふたつの岩に、お礼をいいました。
子だぬきも、おかあさんだぬきといっしょ
に、なんども なんども おじぎをしました。
たぬきの親子は、しっかりと 手をつない
で、うれしそうに 帰っていきました。
「やれやれ これで ひとあんしん」
大きい岩が、ほっとして いいました。
「ほんとうに よかったですね」
小さい岩も、うれしそうに いいました。
そして、ふたつの岩は、きゅうに びっく
りして さけびました。
「あれっ!」
「おやっ!」
大きい岩と、小さい岩は、いっぺんに わ
らいだしました。
ふたつの岩は、むかいあって すわってい
たのです。
「はじめまして! 大岩さん!」
「はじめまして! 小岩さん!」
それから、また いっしょにわらいました。
あらしは、ようやく おさまってきて、雲
の 切れ目から、青い空がのぞいていました。
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